第七話 いちばんが欲しい

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 「如月さんは私にとって大切な人です。私を見つけてくれて、今のところまで引っ張り上げてくれました。乃々が今も存在しているのは如月さんの力です」  《……急になによ。しらじらしい》  「本当のことです! 如月さんには私がデビューしてからずっと公私にわたって助けてもらって、感謝してもしきれません」  《……ふんっ、別にあたしなんて何もしてないわよ。編集なんて、クリエイターと違っていくらでも替えがきく存在だし……》  「いいえ。それは違います」  酔っぱらい相手とはいえ、それは聞き捨てならない。  「クリエイターの作品がより多くの人に受け入れてもらうため、作品に関わるすべての人が幸せになるためには、編集さんの手腕が試されるはずです。クリエイターは世界中にあふれるほど存在します。私は、編集さんこそ替えがきかない存在だと思っていますよ」  《……なによ。生意気に語っちゃって》  「はい。生意気なことを言いました。すみません。でも本当にそう思うんです。私は、私の編集さんが如月さんだったことが一番の幸運なんです。如月さんは私を含めた多くの人を幸せにしてくれてるんですよ」  《……な、なによ。べっ、べつにっ、そんなことくらいで機嫌直ったりしないんだからね!》  「みんな、如月さんが大好きです」  《ふんっ! おかまはそんなにちょろくないのよっ! わかってんの!?》  「はい。わかってます」  如月さんの声が生き生きとしだした。  他のおかまさんは知らないけど、如月さんは結構単純なところがある。  だけど、そういう如月さんが可愛くて大好きだ。  《っ本当に、あたしが女と仕事するのあんただけなんだからね》  「はい。もうそれ二百回くらい聞いてます。本当にありがとうございます」  いつもの如月さんに戻ったみたいだ。  自信にあふれていて、自分を貫いているように見える如月さんだけど、他人には見せないだけで心の奥底では色んな不安を抱えてるのだと思う。  一般的な男性とは異なる人生を歩んでいるから、その分悩みも多いのだろう。  具体的にどんな不安なのか、如月さんが話すことはないし、私も聞くことはないけど、今みたいに冗談のようでも弱音を吐いている時は、如月さんが元気になれるような言葉をかけた。    私にはそれくらいしかできない。  未来の如月さんの不安を取り除くことはできないけど、過去、そして今の如月さんがどれだけのことを成し遂げて、どれほどの人の心を豊かにしてきたか、伝えることはできる。  未来を悲観した時、今までの自分の積み重ねを思い出してほしいから。  「おやすみなさい」  電話を切って、ふうっと一息ついた。
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