第七話 いちばんが欲しい

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 ほどよくぽかぽかのままリビングに戻ると、千紘さんはまだソファに座っていた。  まさか、私がお風呂に入っている30分くらいの間、ずっとそうしていたの?  テレビもつけずに、ただじっと座って、何か考えごとでもしていたのだろうか。  「千紘さん?」  私は千紘さんのそばに寄って、斜め向かいのソファに座った。  「……あぁ、おかえり。温泉気持ち良かった?」  「はい! とっても」  「そう。良かった」  やっぱり、元気がない。  穏やかに笑っているのに、その目元は寂しそうに見える。  さっきの女性のことと関係しているのだろうか……。  だけど千紘さんが何も言わない以上私から詮索することはしたくない。  だから、「どうしたんですか?」と尋ねたくなる衝動をこらえた。  「……ごめん。ちょっと拗ねてた」  掛ける言葉が見つからず、どうしたものかともやもやしていた私に、千紘さんのぽつりとつぶやく声が届いた。  「拗ねる?」  って、千紘さんが?  大人でなにもかもスマートな千紘さんとは到底結びつかない言葉に、私の頭の中は〈はてな〉で埋め尽くされていた。  「君が電話してるの聞こえてた」  「……あぁ! 如月さんとのですか」  何のことかと思えば、さっき如月さんと電話していたことを指しているのだろう。  でもそれがどうしたというのだろう。  わけがわからなくて、気の抜けた返事をしてしまった私に、千紘さんの視線がやってくる。  「ずいぶん親しい関係なんだなって思って」  「えっ? っと。はい。担当編集さんですし、もう8年の付き合いですから」    「僕も本を出す時の担当編集はいるけど、あんなに親しくはないよ。出版社によっては10年以上の付き合いになる人もいるけど」    他を知らないから言い切ることはできないけど、如月さんと私は担当編集とクリエイターという関係を越えているなとは思う。  その理由はやっぱり、私のデビューが15歳だったのがかなり大きい。  業界のことはもちろん、社会のことも知らない中学生だった私を、如月さんは変に子ども扱いすることなく、一人のクリエイターとして尊重してくれた。  今よりもっと未熟だった部分をフォローしてくれたことで、私は創作活動にのみ集中することができた。  クリエイターとしての乃々だけでなく、乃々花としての私のことも守って、支えてくれた人だから、ただの担当編集とは言えない。  仕事の大切なパートナーであり、人生の恩人であり、家族のように大切な人。
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