第一話 お神との出会い

9/13
前へ
/166ページ
次へ
 「うん。でも、そういうこと。名前も君も、可憐だなって」  「可憐……ですが。ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえるなんて、嬉しいです」  きちんとした社会人の女性ならまずは謙遜するのだろう。  でも、人から褒められたのに「そんなことないですよ」と否定から入るのは個人的に好きじゃない。  結局最後にはお礼を伝えるのに、前置きするのは面倒くさいと思うし、お世辞でも嬉しいものは嬉しいのだから、嬉しい気持ちだけを伝えればいいと思う。  嬉しくて照れている私に、千紘さんの手が伸びてくる。  「……可愛い」  慈しむような目で私の頭を撫でてくれる。  千紘さんの大きな手のひらが温かくて、気持ちいい。    ご主人様に撫でられる犬の気持ちがよくわかる。  ここ最近は実家にいる柴犬の風太郎(ふうたろう)にもしばらく会えていない。  仕事もひと段落したことだし、一度ゆっくり帰って撫でまわしてあげないと。  「……う~ん。私、気持ちよくてこのまま寝ちゃいそうです」    「いいよ」    「へ?」    「泊まっていけばいいよ。もう夜も遅いし、部屋はたくさんあるから」    「……お神」  「だから違うってば」  千紘さんはふふっと笑って私の前髪に触れる。  こんなに綺麗な人に撫でてもらえるなんて、ご利益がありそうだ。  仕事で成功してからは、もうこれ以上のご利益はいらないと思っていたのに。  お腹も心も満たされて、うとうとし始めていると――携帯電話が鳴った。  「あっ、私のです。ちょっと失礼します」  はっとして、ソファに置きっぱなしのかばんを取りに行く。  かばんの中から急いで携帯電話を取り出すと、画面には〈如月さん〉の文字。  こんな時間に電話をかけてくる人など彼しかいない。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1215人が本棚に入れています
本棚に追加