第八話 ファーストキス

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 《言わなくても行動でわかるでしょ? ていうかめちゃくちゃ行動で示してるじゃん! それで好きかどうかわからないなんて思われてるとか、千紘さん可哀想なんだけど》  「えー……うーん……でも、好きだとしたら言葉にしない?」  好きの気持ちが生まれると声に出てしまうものではないの?  私は、母にも、風太郎にも、如月さんにも、みやびちゃんにも。千紘さんにだって、好きな気持ちが自然と声に出てしまう。  ネガティブな感情ならまだしも、ポジティブな感情を胸の内に秘めておくことなど私にはできない。  《それは乃々花が素直だからでしょ? ……愛情いっぱい注がれて、自分の感情を真っ直ぐに伝えられるような環境で育ったからよ。あたしみたいに、不安や不満を抱えてひねくれて育った人間は、あんたみたいに素直になれない》  「……千紘さんも素直な人だと思うけど」  千紘さんは控えめな人かと思いきや、自分の気持ちをはっきり伝える人だと思う。  「あ……でも……」  自分の願いを伝える時は、ためらっていたような気がする。  私にお願いをすることなどほとんどないけど、珍しくする時はいつも、温もりを求めるようなことだ。  そしてその時の千紘さんは、毎回、不安そうに伺い見る目をしていた。  《……あたしは、好きって言うの怖いよ。好きだけじゃなくて自分の気持ちを伝えるのが怖い。好意的なものは余計に怖い。自分だけだったらどうしよう、迷惑な顔されたらどうしようって……怖い。だから何度も、ちょっとしつこいくらいに相手から言ってもらえないと、自分から好意的な気持ちを伝えることはできない》  強気に見えるみやびちゃんは本当はとても臆病で繊細な人だ。  もしかして千紘さんもみやびちゃん側の人なのかな……なんて、思った。  「私、みやびちゃん好きだよ」  私はみやびちゃんが好き。  人の気持ちに敏感で、自分の気持ちを押し殺してしまうところも、器用なのに不器用なところも、ぜんぶ愛おしくて仕方ない。  《知ってる。だってもう何百回も聞いてるもん》  「うん。それでもまだ何百回だって言うよ」  《うざ~》  「みやびちゃん大好きだよ。ありがとう」  みやびちゃんと話したおかげで、私が千紘さんにしてあげられることがわかったような気がする。  《……ばーか。23にもなって恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ》  「あははっ、何歳でも言うよ。おばあちゃんになっても言うよ~」  《うっさい。あたしお腹空いたからごはん食べる》  「うん。ありがとう」  《別に。あたしだって休みあるんだから、スケジュール合わせてごはんとか行けるんだからね》  「うん。ありがとう。年末までにどこかでごはん行きたい」  《うん。今月はもう無理だけど、来月シフト出たら連絡するから》  「ありがとう。じゃあゆっくり休んでね」  《うん。そっちもね》  「じゃあまた」  《乃々花》  電話を終えようとした時、少し大きな声でみやびちゃんに呼び止められた。  「うん?」  《……あたしに遠慮とか、必要ないから》  彼女らしくないたどたどしい口調で、精一杯の気持ちを伝えてくれる。  「うん。そうだったね」  みやびちゃんの本心を聞いた後で聞いたその一言は、彼女をより愛おしく感じさせた。  《朝でも夜中でも、仕事中でも……あたしのこと呼びつけていいの、あんただけなんだよ?》  「……うん」  みやびちゃんは多分、中学生の時のことを今もずっと気にしてくれているのだ。
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