1209人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
《あははっ。良かった。じゃあ迎えに行くね。20分くらいで着くと思うから》
「えっ、いえ。私タクシーで」
《じゃあまた後でね》
「えっ、ちょっ、千紘さ」
電話は私の返事を聞かずに切れていた。
「……」
忘れるところだった。
彼は柔らかな口調と雰囲気とはかけ離れた、ちょっと強引なところがある人なのだ。
でも思い返してみれば、それはいつもこっちが遠慮しているときに発動するから、決して嫌な強引さではない。
私は急いで髪を整えて、外出着に着替えた。
マンションのエントランスに着くと、見慣れた車がすでに待機していた。
慌てて玄関を出ると、車のすぐそばに千紘さんが立っていた。
「千紘さんっ」
千紘さんの優しさを感じた一週間だったけど、実物に会うのは久しぶりで、あまりの嬉しさで思わず駆け出してしまった。
だらけた笑顔を浮かべていることを自覚してはいたけど、気にせず千紘さんの目の前まで来た。
「こんばんは。すみません、わざわざ迎えにっ」
優しい微笑みを浮かべる千紘さんと目が合ったと思ったら、私の体はあっという間に千紘さんの温かな胸の中にいた。
千紘さんの鼓動がドクン、ドクンと聞こえる。
少し早く感じるのは気のせいかな。
「……会いたかった」
頭上から聞こえた、ため息交じりの囁きに胸がきゅうっとした。
私の存在を確かめるようにぎゅうぎゅうっと抱きしめる。
私も同じ気持ちだったから千紘さんのその言葉はとても嬉しいのに、耳に届いた千紘さんの声がいつもより低く、妙な熱を帯びていて、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
「あの、千紘さん?」
いつまでこのままなのだろう。
人通りが少ないとはいえ、いつまでも外で抱きしめられているのは、さすがの私も居心地が悪かった。
なにより、お腹がビーフシチューを欲している。
千紘さんが嫌な気持ちにならないように、そっと身じろぎしてみるも、
「もう少し、このまま」
背中に周る腕にはさらに力が込められた。
どうやら、甘えモードらしい。
私は体の力を抜いて、千紘さんに身を預けた。
その後、満足したらしい千紘さんは「ありがとう。行こうか」と言って、車に乗った。
最初のコメントを投稿しよう!