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「お肉ほろほろ~、おいひ~」
とはいえ、じゃあ私も頑張ろうとはならない。
こんなに美味しいビーフシチューを食べてしまったら、自分で作ろうなんて思えない。
お返しに千紘さんにも作ってあげようなんて、間違ってもならない。
「スープ、優しい~」
せめて千紘さんの恋人である間は、ありがたく美味しくいただくことに徹する。
幸いなことに、千紘さんは料理を作るのが好きで、私が食べている姿を嬉しそうに見てくれるから、料理に関しては全面的に甘える方向にしよう。
久ぶりに千紘さんの料理を目の当たりにした、改めてそう決意した。
千紘シェフがつくったビーフシチューセットは15分ほどで完食してしまった。
「ふぁ~美味しかったです。もう、最高でした」
美味しいしか出てこない。
本当に美味しいものの前では「美味しい」だけでいいのだ。
心も体も満たされて、ふわふわしている私の元に千紘さんがやってきて、「食器下げるね」と、ぱぱっと食器を片付けていく。
「あっ、私が!」
それくらい私がやります。
むしろやらせてくださいと言う前に、「いいから。乃々花ちゃんは疲れてるんだから座ってて」と、笑顔で強めの圧をかけられてしまった。
恋人とはいえ、大先輩の家にお邪魔して上げ膳据え膳なんて、いつか本当に罰が当たるような気がする……。
おろおろしている私をよそに、千紘さんは嬉しそうに食器を片付けていた。
如月さんが言ってたように千紘さんは相当な世話好きなのかもしれない。
それならば、むしろこういうことも甘えてしまった方が千紘さんは嬉しいのかな……。
でも何もやらないのも人としてどうかと思うし……うーん。
「はい。紅茶で良かった?」
テーブルの前に温かい紅茶が置かれた。
いつの間に!?
もう食器洗い終わったの?
そして紅茶も淹れて……。
「いただきます」
うん、決めた。
もう変に気を遣わない。
お手伝いも必要だと言われたときだけにして、でしゃばらないようにしよう。
ここまで効率よく完璧に動ける人のサポートに入ってもかえって邪魔になるだけだ。料理に限らずキッチン周りに関しては、大人しくすべて甘えることにしよう。
「私、千紘さんに甘えっぱなしで……何かお返しできたらいんですけど」
爽やかなオレンジの香りがする紅茶を飲みながら、千紘さんに視線を向ける。
千紘さんは別で淹れていたコーヒーを飲みながら穏やかに笑う。
「だから、恋人になってくれてるでしょ? それで十分だよ」
「うーん……でも結局なんだかんだ私ばかり良い思いをしていますし。私が恋人で千紘さん嬉しい思いしてますか?」
無類の世話好きなら、世話焼き甲斐があるだろうけど……。
恋人になってからというもの、ごはんを作って、旅行に連れていって、仕事のサポートまでして。
そんなことばかりしていて、私みたいに嬉しいとか幸せとか、千紘さんも思ってくれているのだろうか。
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