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「……うーん、そっか。伝わってなかったか」
千紘さんは残念そうな顔をしてコーヒーカップを置くと、
「僕は今までにないほど幸せなんだけど」
にこっと屈託のない笑みを私に向ける。
綺麗なのに可愛いその顔に、思わずドキッとした。
今までにないほど幸せ……なんて、冗談でも嬉しすぎる。
一緒にいる時間を嬉しいと思っていたのも、幸せだなぁと思っていたのも自分だけじゃなかったことも嬉しかった。
「僕は、もっと一緒にいたいよ」
「えっ?」
「もっとたくさん乃々花ちゃんと時間を共有したい。もっと君のことを知りたい」
「あ、はい。嬉しいです。私も、同じ気持ちです」
私も、これからもっと千紘さんと一緒の時間が増えたら嬉しいし、千紘さんのことを知りたい。
恋人じゃなくなっても、こうやって一緒にごはんを食べたり、他愛もないことを喋れる関係が続いたら嬉しい。
「あのさ……今日、泊まらない?」
「へ?」
「いや! 変な意味じゃなくて。ほら、うち部屋いっぱいあるし、もう時間も遅いから、泊まった方がいいんじゃないかなって思って」
珍しく千紘さんが慌てた様子で、言葉もしどろもどろしていた。
変な意味ってどういう意味だろう。
千紘さんの言ったことはどれももっともなことで、変なところなど一つもなかったように思うけど。
それに満腹で、正直眠い。
迷惑でないのなら、お言葉に甘えてしまおうかな……。
「千紘さんお仕事大丈夫ですか?」
「えっ、うん。もちろん。僕は全然いつも通りのスケジュールだし、いつもだいぶ余裕もって仕事してるから、3日、4日何もしなくても問題ないよ」
「すごいなぁ……」
仕事人としても業界人としても自由業者としても、尊敬しかない。
でも私はそうはなれないし、自分のだらけた生活も意外と気に入っている。
千紘さんは千紘さん。私は私だから。
よし、決めた!
「じゃあ、お言葉に甘えていいですか?」
「えっ、もちろん!」
千紘さんの顔がぱあっと輝く。
「そうと決まれば、今日は私に付き合ってもらいます!」
「……えっ? 乃々花ちゃん?」
突如意気込んだ私に置いてきぼりを食らう千紘さんをよそに、私は急きょ決定したお泊り会に心を躍らせていた。
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