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「…聞かせてくれ…」
「…はいっ…」
大きな深呼吸をする君の隣で、俺はゴクリと唾を飲み込んでいた。ずっと隠されていた君の本当の気持ちをいよいよ聞くことが出来るのだから、俺だって緊張を隠せない。
「僕は、優太さんも知っての通りαの性を持ちます。そして、僕はあなたに出会ってすぐにΩだと気付きました」
「…フェロモン、だだ漏れだったからな…」
「…あれは正直に興奮しました…自分でも自分を制御出来ないほどに興奮して幸せでした…」
Ωの俺には番がいない。いるわけがない。
どんなヤツにも噛ませるわけがないし、快楽だけで十分。むしろそんなヤツ、誰もいなかったから。でも一平との初めては、俺自身も幸せだったことに間違いはない。
「…俺も幸せだったよ…?」
「でも、その後からでした…僕の幸せってなんなんだろうって深く考えるようになってしまったのは…」
「…えっ…」
「優太さんに会う回数が増す度に、この人と一緒にいたらいつでも楽しく笑っていられて、ずっと辞めていたタバコも美味しくて、時間なんかあっという間で、その分、別れが惜しくて…」
「一平…」
君は俺と同じ想いを抱いてくれていた。
そのことを知れた俺は正直に嬉しさが心を満たそうとしていたのに、その隣で君は今にも泣き出しそうだった。
「隠し通してでも僕は、優太さんに会いたい。優太さんを傷付けずに優太さんのことを知っていきたい。なのに、僕は大きなミスを犯した…」
「……」
「あの時、もっと早く指輪なんか外していれば良かった…優太さんに会う前は、外勤前に外していたのに、とうとうバレてしまいました…」
今日も一平の右手には指輪の姿がない。
君はそこまで計算して、俺のことを思って行動をしてくれていたのか…もっと早く聞いてあげれば良かった、もっと早く理解してあげられれば良かった…
そして、少しずつ君の声が、言葉が走り出しているのが分かる。焦らないで大丈夫、俺は全てを受け入れる覚悟は出来ているから。
「一平、ゆっくりでいいから…」
「悔しかった…こんなミスをして優太さんがもう僕に会ってくれない、彼女がいるくせにって思われてしまったんだと不安でたまらなくて…」
「……」
「そして、僕はあなたを泣かせてしまった…仕事でもいつもなら絶対にありえないミスを犯した…どうしていつも上手くいかないんだろう…どうして幸せになれないんだろうって、もう心がめちゃくちゃになってました…」
「……」
俺が苦しんでいた裏で、君も同じように苦しんでいた。お互いがお互いを想っているのに、一線を超えてはいけないと思っていた俺に、俺を想い続けてくれては、苦しんでいた一平。
でも、何かが引っかかる。
じゃあ何故、彼女といるんだ…?
「それでもあなたは僕にこう言ってくれた」
『これからも俺は、二人だけのこの時間を大切にしていきたいって心から思えるんだ』
「もう、ハッキリいいます…僕…僕っ…彼女のことなんかこれっぽっちも愛してないんです…!いや、愛せない…こんなふうに言ったら怒られるかもしれないし、引かれると思います…でも、僕は女性を愛せない、身体に魅力すら感じないんです…!!」
どういうことなのだろう…
じゃあ何故、彼女と一緒に暮らしているのか。
何故、彼女の元から離れられないのか。
その本当の秘密を話そうとしてくれる一平は身体を震わせながら、いよいよ涙を流していた。そう、初めて見た一平の涙だ。
でも今の俺には、俺が泣いていた時に君がしてくれたように、震える背中を包み込んであげることしか出来なかったんだ。
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