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07、犬の名前
「そうだな。プライベートな生活のことは、他人に話さないでもらいたい」
「そんなことで、身内を人質に取るのか?」
「誰も人質になど取っていない。政局について嗅ぎ回る記者をこちらも調べたが、調べたことを明かしただけだ」
政治家め。と、内心唾を吐く。それを人質って言うんだろうが。
「質問に答えてないだろ。なんで俺を閉じ込める?」
「答えた。しばらくここにいて欲しいからだ」
「……。その後のには答えてない。それは何故だ?」
休憩だとでもいうよう、一旦手すら止めて、ネイハウスは身を緩め、背もたれを使う。
既視感のある仕草だった。
油断と警戒が、何故か同時に湧く。
「先日、可愛がっていた犬が死んだ」
「!?」
何をどうやっても想定外だった言葉に、目を剥いて眉を寄せる。
型通りのお悔やみと、返される礼を経て。
続きを待って見守る先で、休憩を終えるようまた食事を再開するネイハウスを、見守ったまま数秒経ってから、エッ!?と声が出てしまう。
「今のが理由なのか!?」
「そうだな」
「犬の代わりに置いときたいにしては物々しすぎるだろ!?」
「疑り深い方なのは認める」
「いや……」
全然分かんねえ…と、思わず額を押さえる。
知り合ってたった2日だ。すべてが見通せなくてもおかしくはないが、あまりにも、すべてが奇怪すぎる。
多すぎる、不可解ばかりのピースを、それでも頭の中で見直し。待てよ、と、顔を上げ。
「飼い犬が死んだから、俺の誘いをOKした?」
一拍の間ネイハウスの動きが止まり。それから、こちらへ寄越される目がたわむのが、笑っていると見えなくもない。
「関係はあるかもしれんな。ぺちゃくちゃ喋っているのを見ながら、アーリクに似ていると考えてはいた」
「ああ…そう……」
察するにアーリクというのが犬の名前なのだろう。真剣にネイハウスの腹を探っているつもりが、犬が土を掘って遊んでいる姿にでも見えたのだろうか。
ぐったりしかけて、ふと、顔を上げる。
淡々と食事を再開しているネイハウスを見ながら、絶対言わない方がいいと、頭の何処かで何かが警告しているが。
「犬と、アー……つまりその、そういうことを?」
グワッと音がつきそうな眼光を向けられ、警告が正しかったと悟る。
「せめてどんな死に方がいいかは選ばせてやるぞ」
「怖すぎだろ……」
だがこっちにだって、そのくらいで殺すと脅されるいわれもない。人間としての権利を散々踏み躙られているのだ。
「いて欲しいってあんたが言うなら、毎晩ここに帰ってきたっていいが、閉じ込められるのは不便だし不満だ」
「必要なものは用意しよう」
ため息をつきかけて、腹に隠した。降参しかけていると知られるのは癪に障る。
「いつまで続ける気なんです?」
投げやりに肩をすくめて、食事を終えた彼を追うよう、皿に手をつけ。
「まだ決めてはいないが、もちろん永遠ではないし、長い間にもならないだろう」
その曖昧さに、少し違和感を覚えた。
「……どういう意味です?」
「そのままだ。短い期間になるだろうが、まだ数字までは言うことができない」
「短いって、具体的には?」
「長くとも数ヶ月」
「普通に長えだろッ!!」
なんのどういう基準で話してるんだ、と、思わず頭を抱えた。
「だが、その間は食うに困らない」
「……!」
ブツッと、頭の中で何かが千切れたような錯覚がしたが、大きく息を吐いて、鎮める。その言いざまに傷つくだけのプライドが、失業中のフリージャーナリストという身の上に釣り合わない。
はあ、と、もう一度ため息をつき。
「三食昼寝つきで、監禁されるのが役目ってことか。セックスもつくんですかね?」
半分当てこすりのように言うのに、サファイアブルーの瞳が、こちらを見てから、ゆっくりと瞬く。笑みのようにも見える、だがそう呼ぶには曖昧な表情。
「提供しよう。飽きるまではな」
「あなたが? 俺が?」
「そちらが」
サービスの内容を丁寧に説明する、高級品店の主人のような頷き方だ。
少し鼻白んで。
「今夜も?」
一体どうしてくれようか。
けれど、少なくともまだ時間はありそうだ。
「ああ」
「この後すぐに?」
食事を終え、ボトルの中身は残っているが、グラスを乾してしまう。
「身支度をする時間を。寝室で待っているか、近い方の浴室を使うといい」
目の前のこの男を無茶苦茶にしたいと思うのは、敗北感に満ちている時ばかりだ。自分に対する、小さな失望と虚しい無力感。
「”支度”なしですぐにと言ったら?」
ネイハウスの答えに短い間が空くたび、優越感を覚える自分はどれほど馬鹿なのか。
「どうしてもと言うなら。だが、遠慮してくれ」
「へえ……」
意外だし、奇妙だ。なんでそこまで譲歩できる?
人権を与えない代わりに、身を差し出すつもりだとでもいうのだろうか。
どこまでなら許すんだ? とでもいうような、凶暴な気持ちが腹に宿る。
実際、ネイハウスは驚くほど寛容に受け入れた。
痛みや傷は避けたがったが、卑猥なやり方や、わざと辱めるようなことも、耐え、それから、悦びに持ち込んでみせた。
自分はといえば、混乱し、疑い深くなり、けれど、ルスラン・ネイハウスに夢中になっていた。
馬鹿は得とでもいうべきか、情けないことに、二ヶ月もしない内に、すっかり監禁生活にも慣れていた。
彼が望んだ従順な犬のように、ルスランがいない昼間は屋敷の中をブラブラしたり、次第に出入りの多くなった使用人達とおしゃべりして過ごし、夜になれば、発情した犬のように振る舞って散々楽しむ。
ルスランが自分に対して特に何も望まないことを不満に思うほど、いつの間にか、心すら寄せていた。
新聞をはじめ、テレビやラジオ、雑誌も、まともに報道を掲載するようなものは、要望しても与えられなかった。
社会から完全に遮断されるというストレスと、五体満足の身体を拘束する脅迫。それと、彼の言う“数ヶ月”が何ヶ月だか不明なままだが、大人しくしていれば終わりを迎えるという、頼りない希望を何度も天秤にかけて自分を保つ日々。
当然、ストレスのはけ口はルスランへと向かう。
待ち構える寝室に足を踏み入れ、数秒でそれに気づき、絶句するルスランに、自然と顔がニヤつく。
彼自身が設定した“必要と認められないもの”リストから漏れ、昼の間に設置された、大きな扉ほどもある鏡が、ベッドの横へと鎮座している。
こちらへ向き直ったルスランの白い目は、今や楽しいイベントのひとつでしかない。
「グナイデンが世界一の性的変態の国だというのは事実だったようだな」
吐き捨てるように言いながらも、シャツのボタンを外していくルスランを眺め、肩を竦める。
「鏡プレイくらい誰でもやってるでしょ」
立ち上がって彼の方へ近づき、シャツを脱ごうとする手を止めさせる。
「語るに落ちたというわけだ」
白んだままの表情に構わず唇を重ね、舌を絡めて唾液を交わし合って。前を開いてだらしなく垂れたシャツをそのままに、ベルトを解き、前を寛げ、下着を下げて彼のペニスを引っ張り出す。
口の中と、肌にかかる吐息が浮つき始めるのを感じながら、思うように育って敏感になった乳首を捏ね、優しい手つきでペニスを愛撫してやる。
焦れて求めるよう、深く押し込まれる舌をしゃぶってやりつつ、次第に刺激を強く与え、勃起を張り詰めさせ。
手の中に擦りつけようとしてくる腰を掴むと、順番に腕を取って、鏡に手をつかせた。
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