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「ああ、俺はもうダメだぁ、お終いだぁ、なあ頼む藤野ぉ、薬だぁ、薬をくれよぉ!」
部屋に入ってくるなり、奴は俺の足にしがみついた。
「落ち着けって! 大丈夫、お前は大丈夫だからあんなもんに頼らなくたって……」
振りほどこうとするが、力が強い。
「ダメだぁ! アレがないと不安で不安で仕方ねーんだよお! アレを飲んでから毎日が輝きだしたんだ! 気分が爽快になって、食べ物を飲み込めない症状も改善したんだぁ!」
「くそ! 俺はなんてことをしちまったんだ!!」
ほんの出来心だった。
鬱になって会社を辞めた友人へのお見舞いに、『元気が出るお薬』とラベルの代わりに白い紙で張ったスポーツドリンクを飲ませてみたのだ。
はじめは警戒し、飲んだり飲まなかったりだったが、日を追うごとに奴は元気を取り戻し、今では俺の家に催促に来るほどに……。
「元気が出る薬! 薬くれよぉ! どこだよぉ!!」
鬼気迫る縋りっぷりに、俺は未だに真実を告げられていなかった。
だって二十年来の友情にひびが入るかもしれない。
「安心しろって! お前はもう十分元気だから! アレはスポーツドリンクで……はっ!?」
とっさに口を塞ぐが零れ落ちた言葉は戻ってこない。
奴は足に縋りつくのをやめて、立ち上がった。
「スポーツドリンク、だと?」
「あ、いや、違く……わなくて。その、すまん……苦しんでるお前に何かしてやれないかって。せめて気を紛らわせられればって……」
しどろもどろに言う俺の両肩を、奴が掴んで揺らした。
「俺はお前が嘘を付かない奴だって知ってる! 冗談はいいから早く元気が出る薬を! アレを!! 頼むよ友達だろ!?」
「くそぅ、信頼が痛ぇよ! 待ってろよ親友!!」
俺は結局また、薬局にスポーツドリンクを買いに走り、白い紙に『元気が出るお薬』と書いてボトルに貼った。
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