ソファを買いに行こうと思った話

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 症状が悪化してきたのは、23時半を回ったあたりだった。喉の痛みは酷い咳へと変わって、喉の奥には頑固な痰が待機している状態になった。この痰をなんとか取り除こうと奮闘するが、一度の咳でそれはそれは体力を削られる。それに何より、中途半端な場所に痰を移動させてしまうことで、時々気管が塞がる瞬間があった。  これがかなり恐ろしいことだった。息が吸えなくなるのだ。最早体力があるとか病気のせいとかではなく、この痰が詰まってしまったら私は死ぬのだ。私一人しかしない部屋で。誰にも気づかれることなく。  怖くなって、寝てやり過ごそうとした。しかし横になると、痰は上がって来たり戻ったりして、私の気管を弄んでくる。 (寝てる間に痰が詰まったらどうしよう……)  これを取り除かないことには、私は永遠に死の恐怖に囚われ続けるだけになる。  2時を回った頃だった。痰が喉の傍まで上がってきたような気がした。もうここで決着をつけてやろうと起き上がった。吐き出そうと力強く咳をした、そのときだった。  私の身体の中の細い空気の管が、ぱたっと塞がったのが分かった。焦って息を吸い込むと、僅かな隙間に大量の空気が流れようとして、とても身体の中とは思えない音が鳴った。差し詰め、命の危機を知らせるアラートのようだった。  流石にこの状況まで来てしまった私は、痺れ始めた指先で119と叩いていた。  まだ確かな意識があった。死にたくないという意識が。  23歳を間もなく迎えようというときに、痰が詰まって窒息死なんてださすぎる。  部屋にいたのに窒息死だなんて、島田秀平の怪談じゃあるまいし。  人生の最期に考えたことが、こんなしょうもないことじゃなくて、本当に良かった。
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