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華はお江戸に。洛中街。外れの方の裏寂れた花街に見世物の女が売られていた。
「さぁさぁ、お立ち会いお立ち会い!異人さんだよ!日本語は話せるから、今からでも店に出せるよ!!」
威勢のいい人売りが猿ぐつわを噛まされて、後ろ手に縛られた娘に値段を付ける。
「先ずは一両から!」
端から「そんな女売れねーよ!もっと値段下げろ!!」と乱暴な男の声がかかる。人売りは「珍しい異人さん、しかも日本で暮らしてたんだぜ!礼儀作法にも通じてる、これ以上びた一文まかり通らねぇな!」と声をあげた。
男たちは黙ってみてる。女がちらほら見れたが格子戸の中から窺うだけだ。人売りは猿ぐつわはをはずし、民子は咳き込んだ。
「五十文!」
「もうちょっと!」
別の男から声がかかる。
「七十五!」
人売りは八十!と声をあげた。男たちがざわざわする。怯えた様子のない民子の肝の座った居ずまいが、男たちをニヤつかせる。
「買おう。八十。」
男たちの中の老人が手を上げる。上等な羽織を着て、ずっと様子を見ていた男だ。
民子と目があった。まるで無関心な目だった。それがかえって老人の興味を引いた。
民子は荷から下ろされ男たちはどやどや立ち去る。老人は金を払い民子の顔を覗いた。
紅い瞳、金色の髪…だがこの顔だちは、異人のものではない。
縄をほどいてやると、黙って老人の様子を窺っていた民子は、自由になった手足をさすった。縄のあとがついている。民子は布を被らされ、ここがどこかなんて分からなかったが、大分遠くまで幌で運ばれてきたことは分かった。他にも女の啜り泣きが二、三人聞こえてきたようだが、猿ぐつわを噛まされて、話はできなかった。
「お前、名前は。」
「…民子、です」
「今日限りその名前を捨てなさい。自分で髪を切ったのか。」
民子が頷くと老人は「わたしは大楼館の番頭だ。今日から君は男を相手に商売するんだよ。」
民子はその言葉の意味を吟味する。大体覚悟していた通りだった。ただ黙って頷く民子に番頭は満足したように、逃げないように縄で自分の手と民子の手を繋いだ。
民子はこんなときだと言うのに場違いなことを考えていた。
自分はあとどれくらい生きられるのだろう。男から性病を移されたら、そう長くはあるまい…。
本当なら大和と幸せな家庭を築けたかもしれないことも、民子は諦めきっていた。早いといえば早すぎる決断である。
心の中でやっぱり、という思いがあった。自分はやっぱりこうなった。幸せにはなれないのだ。この身なりでは。
母上が泣くだろう、父上が悩むだろう。でもその二人しか悲しんでくれない身の上をどうしようか。
民子はただ黙って番頭のあとをついていった。
民子はそれきり外を出歩けなくなった。名前を三日月と改め、格子戸の外から、中にいる女たちを眺める男の視線にさらされ続けた。三日月の処女は番頭が食らった。もう自分は大和の元へは戻れないのだと、ぼんやり三日月は思った。
男相手の客商売など、三日月には愛想があるわけではない。飯も一日一度ご飯にたまに具のはいっている味噌汁が出るだけである。それでも男たちの食べ残した食事を巡って、女同士で争いが起きた。
三日月はなるべく性病にかかっていなさそうな男を選んでは、一先ず不器用に微笑んだ。性病の話は姉上としたことがある。将来自分達の夫がこんな症状が出たら浮気してる証拠なのだと、話し合った。ここでは男の食いが浅いと折檻を受けるのだ。三日月も最初勝手がつかめなくて、客の入りが悪い度に竹で打たれた。
男たちは大抵乱暴に女たちを抱いていく。年が上であればあるほど、ほぼ暴力的だった。彼らは性行為をしに来てるのではない、虐待をしに来てるのだ、と三日月は思った。たまに当たりの客に会うと本当にほっとする。ついつい里の話をして慰めてもらえるからだ。三日月は毎晩、狭い部屋の煎餅布団で泣いた。ストレスで夜尿症にかかる女もいたし、吃音の女もいた。
その中でも三日月は特に目を引く。金髪に赤い目、それだけでも異質なのに透けるような白い肌。だんだん常連や馴染みができてき、三日月がここの暮らしに馴染んだ頃だった
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