4人が本棚に入れています
本棚に追加
再び目を開けると、わたしは水中にいた。なのに全く苦しくはなく、冷たいとも思わなかった。
傍には巨大な生き物が2匹いて、優しい目でこちらを見つめてくる。
「おはようジェシー」
間違いなく父の声だった。
「誕生日おめでとう」
今度は母の声がした。よく見るとこの巨大な生き物はクジラだった。それも、世界で1番大きな生き物の、シロナガスクジラだ。
「パパ、ママ。わたし達はクジラになったの?」
「そうだよ。我々も最初は離れ離れだったんだがね、ママの鳴き声がして何百キロも泳いでここまで来たんだ。そしたらちょうど君が1個の泡から生まれるところだったんだ」
わたしは嬉しくなって父と母の体に擦り寄った。もう怖いことなんてない、耳を塞ぎたくなる音もしない。人だった時の、自分の青色の瞳が好きだった。金色の髪が好きだった。二度と同じ姿にはなれない。命は終わってしまったけど、またこうして新しい命で家族といられる。これが落ち着くっていうものなのね。
しかし、いくら海の中を見渡しても兄の姿がない。
「お兄ちゃんはどこ?」
そう尋ねると、父と母は寂しいような、ほっとしたような顔になった。
「お兄ちゃんは助かったの。まだ人として生きているのよ」
そうか、兵隊がやって来た時兄も撃たれたが、命が助かって今も人のまま生き延びているのだ。それを聞いて2人がこの表情をするのに納得する。
「お兄ちゃんは、泣いていないかしら。ひとりぼっちで辛くはないかしら」
悲しんでいるわたしの頭を父が鼻先で突っついた。少しくすぐったい。
「あの子は家族の中で1番強い子だよ。最後の最後まで生きて、年老いて命が終わったらきっとこの海にやって来るだろう。だからお兄ちゃんが幸福であることを祈って、みんなで待っていようね。さぁ、向こうに泳いで行ってみよう。もう逃げたり隠れたりしなくていいんだから」
それから父と母は鼻の穴の奥を震わせて大きく鳴いた。まだ体の小さなわたしはここまで大きな鳴き声は出せないけど、一生懸命に鳴いた。
遠い遠い場所にいる兄まで、この声が聞こえるようにと。
最初のコメントを投稿しよう!