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プロローグ
「今日は私の誕生日よ。ねぇ、カズ、起きて。プロポーズして誕生日おめでとうって言って」
ダイヤの婚約指輪を薬指に着けた左手で美幸は、2歳年上の恋人和臣のこけた頬を撫でた。
彼は、3年前の美幸の誕生日に美幸とディナーの約束をしていたが、叶わなかった。タクシーから降りてレストランの方へ道を横断する際に美幸を庇ってひき逃げされて意識不明になり、その状態が3年後の今も続いている。
事故現場にはダイヤの婚約指輪が入った紙袋が落ちていた。その指輪の内側にはK to Mと刻まれていた。事故後、その指輪は、和臣の両親から美幸に渡された。普段は大事に仕舞っているのだが、年2回、2人の誕生日に美幸はその指輪をはめて和臣を見舞う。
誕生日には和臣の両親は美幸と和臣を2人きりにしてやりたいと言って病室に来ないから、今日は誰も来ないはずだった。だが、病室のドアがノックされてすぐにドアが開いた。
美幸の1歳年下で和臣の従弟かつ義弟、幼馴染でもある駆がドアの後ろから顔を出した。彼は和臣の父の弟の息子だが、実父が亡くなった後、実母が再婚する際に実妹麻衣と一緒に和臣の家に引き取られた。美幸が夏休みで母の実家に帰省中に駆はいつの間にか和臣の弟になっていた。駆は、最初に会った時から美幸に攻撃的だった。多分、和臣を取られると思ったのだろう。それに対して麻衣は人見知りせず最初から和臣だけでなく、美幸にも懐いた。
「今日は私の誕生日だから、誰も来ないはずなのにどうして来たの?まさかおば様がいいって言ったの?」
「母さんは関係ない。俺は兄さんに美幸との交際の許しを得に来た」
「何言ってるの?!もう断ったじゃない!」
「いや、俺は諦めないよ。美幸の兄さんへの気持ちごと、俺は引き受ける。だから付き合ってくれ」
またドアがノックされて駆の継母でもある和臣の実母が病室に入って来た。和臣の母は美幸の手をとって目を合わせた。
「美幸ちゃん、和臣のことを今も想ってくれてありがとう。今でも見舞いに来てくれる人なんて、うちの家族以外は美幸ちゃんぐらいよ。でもね、和臣はもう目が覚める見込みがないって主治医の先生から聞いたの。心臓が弱っていてもういつどうなるか分からないって…だから前に向かって行ってほしい。駆は絶対美幸ちゃんを大切にするわ。でも別の人を好きならその人と幸せになってもいい、もう和臣から自由になっていいのよ」
美幸はその言葉に絶望して病室を飛び出していった。その後を急いで駆も追った。
「あっ、美幸!待てよっ!」
美幸は病院から出て左右をよく見ておらず、迫りくる車に直前で気付いた。
「美幸っ!危ない!」
聞き覚えのある声がしてぐいっと抱き寄せられたかと思ったら、衝撃が美幸の身体を襲い、美幸は意識を手放した。
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