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媚薬、とうものは本当にあるんやろか。媚薬だけやなく、惚れ薬もしかり。
あるとするなら喉から手が出るほど欲しい。やってそれがあればこんなに思い悩む事なんてないんやから。
「青年!」
若い時の恋愛なんて当たって砕けろの精神でいけばええって言うかもしれへんけど、俺の恋はそういうわけにもいかへん。
「そこの! 一人物思いに耽ってる青年っ!」
「……なんやねんもお~」
不機嫌さを隠さへんまま半眼を向ければ、アスファルトの上にビニールシートを広げた人物。百均で売ってる小さな踏み台に腰掛けてるその人は、見るからに怪しい格好をしてた。
袖口や裾が擦り切れた古着を身に纏い、首には金銀真珠といった様々な材質のネックレスを幾つも下げ、左右の手首にはこれまた幾つもの数珠。
胡散臭過ぎてこっちからは近付かへん人種や。やけど声を掛けられたかたには相手せなあかん。
「青年、今悩み事があるでしょ」
胡散臭い人物――露天商は組んだ指の上に顎を乗せ、上目でにやりと口元を歪めてきた。
「まあそうですけど……」
人間、生きてれば大なり小なり悩みは発生する。やからこの人の問い掛けは生きとし生ける全ての人にあてはまる。占い師や勧誘する人がよお口にする常套句や。
さて、どやって逃げよかな。ぽり、と側頭部を掻きながら思案する。ビニールシートの上に並べられてる怪しい物品を売りつけられても困るし……。
「恋愛についての悩み……青年、同性に恋してるでしょ」
「っ!?」
図星を突かれ、反射的に掻いてた髪を掴んでまう。顔にも出てもうてる事やろう。
弧を描いた目が俺を見てくる。
何でその事を知ってんねん。恋愛の悩みを抱えてる人は多いから当てやすい。やけど片想いの相手が同性やと当てるんは難しないか?
「当たりだ」
露天商はびしりと人差し指を俺に突きつけると、もう片方の手で小瓶を取り上げた。中には薬の錠剤よりも少し小さい粒のものが入ってる。
「そんな君にはこれをあげよう!」
「や、えっと~……怪しい商品は結構です……」
警察の御厄介になりたくはない。体の前で両手を振るも、露天商はぐいぐい押し付けてきた。
「お代はいいから!」
「そんなん言われたらますますいりませんて!」
「惚れ薬と媚薬のハイブリッドと言っても?」
ぴたっと手が止まる。鼓動が、どっどっとエンジンをかけ始めた。怪しい露天商に怪しい薬。普通なら関わらへん。やけど誰にも――友人にさえも――言うてへん悩みを言い当てた……
ゆっくり手を伸ばし、小瓶を受け取る。錠剤をよく見れば、赤い丸が付いたものと青い丸が付いたものがあった。
「青い方を想い人に、赤い方を自分が飲むんだ」
「へえ~……って、飲ませるってムズない!?」
仲がええ相手やったらええけど、完全な他人やった場合難易度高過ぎやで!?
「君と君の想い人は気の置けない仲だろう?」
そうして露天商は俺と相手の名前を口にした。
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