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ジャラッと錠剤が鳴る。手にした小瓶を空に掲げてみるも、何も異常は見当たらへん。
結局受け取ってもうた。やって俺の名前だけならまだしも、相手の名前まで言い当てられたら信じてまうやん?
溜息を吐きつつ小瓶を下ろす。タイミングええ事に、今から想い人と会う。さて、どやって飲ませよか。
蓋を開け、赤い丸が付いた方を一粒手のひらに出す。鼻を寄せてみるも無臭。自動販売機で水を買い、暫し手のひらの一粒を見詰めたあと、ええい! ままよ! と口に放り込み水で流し込んだ。
そうしてぎゅっと目を閉じ数秒、変な味も体調の変化も無し。……大丈夫なんか? ゆっくり、恐る恐る目を開ける。
「何してるの?」
目の前に片想いの相手――あだ名は「じじ」――がおった。突然のことに俺は言葉を無くし、ただ目を見開くだけ。声帯が上手く動かず、打ち上げられた魚の如く口をパクパクさせてた。
「ふふっ、変なの」
じじは新緑の様に爽やかに微笑むと、ぽんっ、と肩を叩いてくる。「ほら、行くよ」なんて言うて。
恋人同士みたいなやり取り。やけど実際は俺の片想い……
ぎゅっ、と小瓶を握る。そうして意を決して口を開いた。
「こ、これ、めっちゃええビタミン剤やねん! 一粒飲んでみいひん!?」
怪しさMAXやないかい!! 心の中で自分にツッコむ。あー、絶対戸惑ってるわ~。俺、変な奴って思われた……
「じゃあ一つもらおうかな」
苦笑混じりの声が聞こえてきた。目を上げれば、こっちに差し伸べられてる白い手が。
「……え?」
「尚史が良いって言うなら効くんでしょ? ここんとこ仕事きつかったからさ、一つ飲んでみようかなって」
肩から下げてるトートバッグからペットボトルを取り出してる。え? ほんま? 危機管理能力大丈夫!?
やけどじじから飲んでくれるっていうんやからこんな好機はない。俺は慌てながらも間違わへんように青い丸が付いた粒を渡した。じじは何の躊躇も無くそれを水と一緒に呑み込む。形のええ喉仏が上下し、軽く息を吐くとともに柔らかく細まった目が俺を見てきた。
綺麗な黒い瞳に、ドキンと心臓が跳ねる。まさか、早速薬の効き目が!?
「じゃあ早く行こうよ。時間、勿体無いから」
僅かにじじの眉尻が跳ね上がった。俺は嫌われてはかなわへんと慌てて足を踏み出し……
ずるっ
焦りと緊張からか、靴が滑ってもうた。このままやと顔面打つ!
「危ないっ!」
強く目を閉じた体が、がしりと抱き留められる。力強い腕とは対照的にふわりと優しい香り。きゅんと胸が甘く締め付けられた。
「大丈夫?」
心配そうな声が耳のすぐ近くでする。視界はじじの服でいっぱいで。
「だ、だいじょうぶ」
たどたどしい返事をするので精一杯やった。微かに震える手で、弱々しく胸を押し返す。顔が熱くて、俯いたままで。
「そう? じゃあ行こうか」
俺より背の高いじじは、僅かに腰を屈め俺の顔を覗き込んで来……
「あ、すいません」
どんっと通行人がじじにぶつかった。彼の背後――資格からの衝突に、じじは「ぁ」と小さく声を上げながら前方へとよろけた。
ふに。
マシュマロのように柔らかい感触。視界が、今度はじじの顔でいっぱいになった。上手く息が出来へん気もする。
やって口が塞がれてて……
「ご、ごめんっ!」
柔らかさが離れてくと同時、顔を真っ赤にして手を口に当ててるじじの姿。え? まさか……
「キ、ス?」
遅れて、ぼっと首から上が熱くなった。俺の、指先で自らの唇に触れる。
不可抗力といえど、じじとキスしてもうた!?
心臓が、上下左右に揺さぶられてんかってぐらい激しく打つ。それを落ち着かせよと思ってか、無意識に左手で服の胸元を掴んでた。
「嫌……だった、よね?」
叱られた犬みたいにしゅんとした目。
「ちゃ、ちゃうねん! ……うわっ!?」
慌てて両手を振って否定しよとした脚が、不意に絡まった。動かしてもないのに。
やけど今回は抱き留めてくれる腕は無く、俺は不格好に両腕をぐるぐる回しつつ倒れた。じじのズボンを掴んで。
ずるんとした手応え。「いてて……」と口にしつつ顔を上げていけば、まず最初に白くすらりとした長い脚が見えた。そして、そんな白い肌とは対照的な黒いボクサーパンツ。
あの中に、じじのじじが……
「尚史、鼻血出てる」
「へ!? あ、ほんまや!」
ごしっと手の甲で拭えば、赤い筋が付いた。やば。ティッシュティッシュ。
「止まるといいけど……」
ティッシュを取り出すより先に、可愛いキャラがプリントされたハンドタオルが肌に触れてた。
じじ、こんなイケメンやったっけ? 行動もスパダリで。心拍数がさらに上がる。
惚れ薬って、俺の方に効果あんのとちゃうん。
睫毛を震わせながら見詰める先、じじは微かに目を伏せたまま、ぽんぽんと鼻血を拭ってくれてて。
「……これでよしっと」
自分の事のようにほっと安堵の表情を浮かべるじじ。そうしてそんな表情のまま、ブチブチブチッと俺が着てるシャツのボタンを引き千切った。
「ぬぉあっ!?」
驚きに、変な声が出てまう。幸いな事に、シャツの下にはTシャツを着てたから胸元を曝け出すのは避けられた……って良くないけど!?
「いや、これは手が勝手に……ご、ごめんっ」
慌ててボタンを無くしたシャツを整えてくれるけど、先に自分のズボン上げた方がええんちゃうの!?
俺が上げたってもええけど、今度はボクサーパンツを下ろしてまいそうで怖い。
てか、街中で下半身丸出しのイケメンは目立つ。道行く人の視線がじじに刺さってくも、当の本人は気にする風も無く、掴んでた俺のシャツから手を離した。
やっとズボンを上げてくれるんかなと一安心……出来へんかった。
何を思たんか、自らの上着に手をかける。
「ちょおちょおちょお!」
上まで脱いだらイケメンっていうよりヤバい奴や! 急いでじじの手首を掴もうとすれど、俺の手は意思を無視しじじに抱きついてまう。
「尚史……」
どこかうっとりした声が降ってくる。そしてそっと抱きしめ返された。
「尚史、好きだよ」
突然の告白に、どきんと鼓動が跳ねるも、ずんと気分が重くなる。
そうや。これは薬のせいや。惚れ薬と媚薬のハイブリッドの。やから今のじじは故意の恋なわけで……
「ありがとう、じじ」
俺は眉尻を下げた情けない笑顔をじじに向けた。じわりと視界が滲んでくる。
「嬉しいけど、その気持ちはじじのほんまの気持ちやないねん」
「違う。俺は尚史の事がずっと……」
「もう言わへんとって」
人差し指でじじの唇を封じる。もうこれ以上俺を惨めにさせへんとってや。
視界はすでに涙の海で、じじの表情もよお分からへん。
「じじ。俺、じじの事好きやっ……」
「せいねーん!!」
ぽろっと一粒の涙が頬を伝うと同時、間延びした声が聞こえてきた。振り返れば、露天商が片手を大きく振りながら駆けてきてる。もう片方の手に280ミリリットルのペットボトルに入った表現し難い色の水を持って。
「忘れてた! これで飲まないと効果がおかしくなるんだよね~」
「はい!」と露天商はペットボトルを突き出してくる。いや、今の俺らの空気読んで。
「……あれ? もしかしてトラブってた? いや~、錠剤だけ飲むとラブハプニングが起こるんだよね~。あと、その人の深層心理……所謂本性? が曝け出されちゃう……」
にこにこそこまで話し、露天商はぴたっと動きを止めた。
「……まさか、こんな街中で致すところだった?」
視線はじじのボクサーパンツに。
そういえばさっきから何か当たってきてるんよな……
視線を下に動かし、赤面する。じじの本性って……
「取り敢えず薬の効果消しまーす!」
露天商は、ぱんぱんっと俺とじじの背中を強く叩いてく。するとじじの顔が――いや、耳までが真っ赤に染まった。
「ご、ごめん! 俺、その、取り敢えずズボン穿くわ」
俺から数センチ距離を取り、じじは慌ててズボンを上げる。そうして改めて俺と向かい合った。視線は少し外して。
「なあ青年。もしかしその人の本当の気持ちって、君のこと好きなんじゃない?」
「いや、何であんたが言うねん!? ここはじじが改めて告白してきてハッピーエンドやろ!?」
「あの……うん。俺、尚史の事好きだよ。前から、ずっと。でも同性って事で言えなかった」
「じじも、何で何事も無かったかのように続けられんねん!?」
じじと露天商の間におる俺は、忙しく顔を二人交互に向ける。
「まあ、めでたしめでたしって事だな!」
「薬のお陰で尚史と気持ちが通じ合えました」
「まとめようとすなよ! じじもすんなり受け入れたらあかんて!」
「じゃあデートの方、楽しんで下さい! 何かご入用のものがございましたら、お気軽にお声がけ下さい!」
「じゃあ、体でも恋人になる時にまた」
「ちょお二人とも、俺の話を聴いて―!!」
故意の恋の薬、これだけやとラブハプニングが起こる。そして相手の気持ちも分かってまう。……よし。たーまに使ったろ。と、空に叫びつつも小瓶を握り締める俺やった。
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