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しばらくそうしていたかったけれど、店のドアが開く音がして、瑠美が僕から手を離した。
「あら、いらっしゃい」
すぐに店のバックヤードから、ママさんが顔を出してくる。僕もついドアの方に顔を向けた。
「おら、お前ら早く来いよ。悪い、三人なんだけどさ」
入ってきたスーツ姿の客を見て、僕は瞠目し、すぐに顔を逸らした。
「ごめんなさいね。今日はこれから貸し切りなの」
たぶん、ママさんなりに気を利かせてくれたのだろうけど、奴にはそんなもの関係なんてない。
「はあ?んだよそれ。俺たち客だぞ?こんなしけた店にわざわざ来てやったってのに」
だいぶ酔った様子で、奴はママさんに言い寄った。
「いや、もういいですよ、勝俣さん。すみません。すぐに出て行きますので」
「お前は黙ってろ!」
奴は大声で連れに怒鳴った。
その威圧的な怒鳴り声。今でも思い出してしまう。どんなに忘れたくても、耳にこだまして消えない。
「別に一杯くらいいいだろうが。よっと」
自分の鞄を無造作に奥のシートに放り投げ、ふらふらと歩き出す。
相当酔っているのか、シートにどかっと座った後、足をテーブルに投げ出してふんぞり返っていた。
「勝俣さん。・・・すみません。本当に」
奴の部下らしき若い二人が、ママさんに平謝りする。
そんな彼らに、ママさんは苦笑いを浮かべて言った。
「まあ、いいわよ。しょうがないから、飲んでって」
申し訳なさそうに頭を下げる若い二人は、辛そうな顔で互いに顔を見合わせた。
「おい。何ぼさっと突っ立ってんだ。お前らもはよ来い」
また、奴の大声が響く。
僕の耳に入ってきて、心臓を激しく揺さぶった。
不愉快な感覚に、僕はその場から動けなくなった。
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