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奴は僕を睨んでいた。僕もまた、奴を睨み返す。
「なんだ?お前・・・」
「やっぱり変わってないな。あんたはそうやって人を追い詰めて死なせても、何も思わない人間のままだ」
もう二度と、この顔を見ることはないと思っていた。
けれど、運命のいたずらが、こうして僕と奴をまた邂逅させた。
恐怖はある。けれど、凄まじい怒りが僕の中に宿っている。
「平気な顔してまた同じことを繰り返す。自分さえよければ他人がどうなろうと関係ない。例え自分が人を追い詰めて死なせても、しれっと毎日を生きていく。そういう人間のクズだよ、あんたは」
勝俣の目が、次第に見開いていく。
どうやら僕のことを思い出したらしい。
もうこの際だから、何もかも言ってやろう。僕がこれまで、この人間の皮を被ったモンスターに言ってやりたくてたまらなかった言葉の数々を。
「僕と須永勇樹の次は、この二人か?あんたは一体何人死なせれば気が済むんだ?」
「お前」
勝俣は唸りながら立ち上がり、僕に詰め寄る。
「誰かと思えば、卑怯者で礼儀知らずの村本じゃねえか」
酒臭い。
これも相変わらずだった。
詰め寄られ、激昂を含んだ半笑いを向けられて、思ったのはそれだった。
「会社に面と向かって退職願出さなかった奴が、今更なんのようだ?」
凄んでくる勝俣に対し、僕は目を逸らさないように深呼吸する。
もう、僕はあの頃とは違う。奴の暴力に怯える日々から解放されて随分経つから。
「またあんたが人殺しをしようとしてたから、止めただけだ」
「はあ?なんだって?」
勝俣がへらへらと笑ったかと思うと、僕は右頬に強い衝撃を受けた。
どうやら頬を叩かれたらしい。
「舐めたこと言ってんじゃねえよ!」
「ちょっとお客さん!」
ママさんも若者も、さすがに止めに入ろうとする。
いつの間にか、瑠美の姿はそこになかった。
「うっせー!引っ込んでろ!」
ママさんに怒鳴った後、僕を小馬鹿にするようにへらへら笑いながら言った。
「須永のことは俺には関係ねえ。あいつは自殺だろ、じ、さ、つ。あいつがメンタル弱くて勝手に死んだだけだってのに、なんでも俺の所為か?あ?」
そして若者二人に振り向き、馬鹿にしたように笑いながら僕の胸を指差した。
「おめえら、よく覚えとけ。こいつはな、俺がしっかり教育してやった恩を仇で返すようなクズだ。仕事もできない根性もない。おまけになんでも人の所為する最低最悪のクソ野郎だ」
「それはどっちだ」
叩かれた頬はじんと痛む。けれど、僕は負けたくなかった。
勝俣を睨み、奴の前に向き直る。
「人を死なせるほどのパワハラするような奴こそ人間のクズだろ」
今度は胸ぐらを掴まれる。でも、僕は奴に言いたかった。言わなきゃならなかった。
「そうやって人を力で抑えて、使い潰すことしかできないあんたの方が、よっぽど無価値で死ぬべきなんだ」
言わなければ、僕は前に進めない。
「てめえ、まだ言うか」
「ああ。何度でもあんたを非難してやる」
今度は勝俣が右手を振りかざした。それも拳を握っている。
またあの頃ように僕は奴の鉄拳を食らうのか。
だけど、僕は恐れない。恐れてはならない。
僕はあの頃のように負けたくない。
歯は食いしばった。けれど、勝俣の鉄拳は僕に当たらなかった。
代わりに、奴の左のこめかみにグラスが当たり、ゆっくりとのけぞった。
胸ぐらを掴まれた力が緩み、僕は奴の手を振りほどいた。
先程まで姿が見えなかった瑠美が、振りかぶった状態で佇んでいる。
彼女の目は、怒りで吊り上がっていた。
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