high jump!!(リメイク作品)

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 夏の終わり、と言われて何をイメージするかは人によってそれぞれ違うと思うけれど、部活動に青春を捧げてきた俺のような学生にはやっぱり「引退試合」という言葉が真っ先に思い浮かぶ。  快晴。  9月も半ばに差し掛かり、空の高さこそ十分秋らしくなってきたけれど、萎えるほど強い日差しからは未だ夏の名残も感じられる。  そんな季節の真ん中にある今日、県営グランドの赤茶色のタータンの上を、真っ黒に日焼けした陸上選手たちが躍動している。  俺も(じき)、そこに加わる。  ◯◯市陸上競技大会。中学三年である俺にとっての「夏の終わり」が今、始まろうとしている。 「西本師匠! お久しぶりです!」 「高田くん……人前で『師匠』はやめてくれよ」  試合開始前の召集を無事終え、自身の出場種目「走高跳」の跳躍練習に入ろうかという頃、ゼッケン149番、オレンジ色のユニフォームの高田くんが声をかけてきた。  高田くんと初めて出会ったのは今年の5月。地域限定の小さな陸上大会が開催された競技場の、隅っこに設置された男子トイレの中だった。  いつものように表彰台を逃し、半ベソかいていた俺の隣で用を足し始めた彼は、曰く「君の空中動作が一番綺麗だったから」と勝手に弟子入りを志願してきた。  その後トイレから出たところで強引に連絡先を交換させられ、以来、毎週のようにLINEで高跳びの話をしたり、あるいは全然関係無い話をしたりしている。 「聞いてくださいよ! この前師匠に貰ったアドバイス通り空中で顎を引くようにしたら、バーのクリアが上手くいくようになって、記録が5センチも伸びました! いやぁ、さすが師匠ですね!」 「そうなんだ、おめでとう。高田くんは筋が良いね」 「いやいや、全部師匠のアドバイスのおかげですよ! 俺、一生ついていきます!」  目に見えたごますりにもつい機嫌は上向いてしまう。走高跳を始めて約二年半、練習にはそれなりに一生懸命打ち込んできたつもりだけれど、その成果をここまで褒めてくれたのは高田くんだけだ。  同級生なのになぜか敬語なところも含め、師匠と慕われることに正直悪い気はしていない。  だけど、今日に限っては彼も倒すべきライバルの一人だ。 「そんなおべっか使ったって、手加減はしてやらないからな」 「そんなつもりじゃないっすよぉ。一緒に頑張って、なんとか表彰台目指しましょう」 「うん。お互い、悔いが残らないように頑張ろう」 「はい! じゃあ俺、練習跳躍してきますね」  走り去ってゆく高田くんの背を見送りながら気を引き締める。たとえ弟子であろうと、いや、弟子だからこそ、俺は彼に負けたくない。  彼だけじゃない。この最後の大会、何としても最初で最後の「3位入賞」を果たし、これまでの努力を「表彰状」という形にしたい。そのために、今ここにいる30人の中から27人を蹴落とさなくてはならない。  負けるもんか。俺は両頬をパンッと強く張った。  数十分後、ついにその時はやってくる。 「それではこれより、走高跳競技を開始します」
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