Smi

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 僕は片手分しか無い手袋を右手に装着して歩き続ける。人々が僕に注目しているのが分かる。左手にあるべき手袋が無いからではなく、僕の顔が笑っていないからだ。普段なら笑顔を演じようとするのに、今の僕はしかめっ面を全面に押し出して大地を踏みしめている。幸せを演じる生活に嫌気がさしていて、今日位はせめてありのままで居たいと思った。  足が冷えきって、僕はベンチに座ってさっき浴びたジュースを拭き取ろうとハンカチを取り出した。凍傷を起こしかけている肌は痛みを毎秒神経を通して訴えている。  周りを見渡せば遊具が散在していて、田舎らしい寂れた雰囲気の公園だった。元々都会に居た僕にとってこの風景は何年経っても慣れない。この街で仕事が決まったのは良いが、これからの生活を思うと溜息が止む事は無いだろう。  『スマイル』は服用しても寿命が縮まったり脳が萎縮するなどの副作用は無い。だが僕は絶対にそれを服用しない。皆等しく幸せになっている世界の輪の中に僕は入れないが、元々一人で生きてきた身だ。孤独はむしろ慣れている。  太陽が沈み始めている事に気づいた時、僕の目の前に一人の女性が立っていた。買い物袋が地面に落ちて、中身が散乱している。僕は咄嗟に拾おうと立ち上がって、女性の顔を瞳に映した。 「……嘘だ」  女性は泣いていた。それは幸福とは似つかわしくない顔で、この世界から消された筈の顔で、でも僕は美しいと思った。笑顔の魔法を拒絶した人間は、泣きながら微笑んでいた。 「……初めまして、お仲間さん」
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