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トラウマを呼び起こしたのか、彼女の震えが更に加速して煙草を落とした。深呼吸して自分を落ち着かせると、緩慢な動きで煙草を拾い上げた。
「……私は自分の薬をタンスの奥に隠して、出来るだけ人と関わらない様にしました。厳格な父が楽しそうに笑っていたのに、それが薬のせいだと思うと、どうしても直視できなかったんです」
僕は声も出せずにそのまま黙っていた。
「取り残されてる気分を味わいすぎて感覚が麻痺してたんだと思います。狂人みたいに皆笑って、その輪に入れない自分が、怖かった」
「自分語りが過ぎましたね」と西野さんは謝罪すると煙草をもう一度僕に差し出した。
「煙草、要りますか?」
「……じゃあ一本だけ」
きっと西野さんは煙草が好きじゃない。二本吸っただけで咳が出ているし、素人が格好良く吸おうとして失敗している雰囲気が醸し出ていた。それでも西野さんは吸い続ける。自分を一時でも忘却出来る、寄りかかれる物が必要なのだろう。
それが有害でも、寿命を縮める物でも、関係ない位に頼り切っている。その不安定さに上から目線で意見出来る程僕もマトモな生活は送れていない。安物のライターを借りて先端に火をつける。副流煙を浴びる人は今は彼女だけだ。
「……不味いですね」
「最初は肺まで入れずに口の中で楽しんで下さい」
初めて吸った煙を咀嚼して吐き出す。蜘蛛の糸のようにか細い白色が昇り、微風に運ばれていく。咳き込んでしまい、喉が熱くなる。
「……なんか、感傷的な気分になりますね」
暗闇の中、世界に取り残された二人。
西野さんの言葉が心に染みてくる。
「どうして皆、薬を飲んだんだろう。政府も国民もきっと何処かでこの事態を止められた筈なのに」
「……きっと皆、幸せになりたかったんですよ。笑顔で溢れる生活を潜在的に求めてたんだと思います。でも今になって思うのは、笑顔だけじゃ生活は破綻するって事です。自分にとって都合の悪い事とも共生しないと幸せは感じられないんじゃないかって、今更遅いですよね」
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