Smi

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 ゴツンと軽やかでは無い音を立て杯を交わした。そして勢いよく喉に流し込む。甘さと苦さを同時に感じて脳が仄かに暖かくなるのを感じる。 「おつまみは無いんですけど我慢して下さいね」  初対面の人に酒を奢られて少し恥ずかしいが、別に良いかと開き直った。こんな素晴らしい日なんて今後起きるか不確定なのだから。 「西野さんって結構ジャンキーな物が好きなんですね。お酒に煙草って中々に健康に悪いと思いますけど」 「……もしかすると明日死ぬかもしれないですか。走馬灯が流れる時にお酒とか煙草の記憶で埋め尽くして、下らない人生だったと笑いたいんです。馬鹿みたいな動機ですよ」  酒が入った西野さんはさっきよりも饒舌になっていた。煙草を吸っている間にもお酒を飲む。煙草がおつまみなのかよと思わずツッコミたくなったが初対面の人だった事を思い出して我慢した。 「お酒も私に飲まれたいと言ってます!」 「いや流石に酔いすぎ……って痛っ!?」 「あはは! ばっっっっかみたいな顔!」  唐突なビンタを顔面に食らった。肌がヒリヒリと痛むが、西野さんは心底楽しそうなので水を差すのも良くないと思った。今まで出会ったどんな人よりも彼女の一挙手一投足を注目してしまう。どうやら僕も本格的にお酒に酔わされたみたいだ。 「こんなに暗いとこの世界に二人しか居ないみたいですね」 「ふふふ、口説きが上手いですね!」 「いや口説いた訳では……」  寒さが酔い醒ましにならない程の泥酔っぷりだ。頬が紅潮して呂律も馬鹿になっている。そんな様子を三日月と星達だけが優雅に眺めている。  僕達は数え切れない程の馬鹿話をして、今までの苦痛を酒で流し切った。西野さんは酔い過ぎて僕にじゃんけんを要求し、僕が出したチョキをパーで包み込んで指をへし折ろうとした。元空手部らしく力がとてつもなく強かった。  僕は西野さんに蘊蓄(うんちく)話を沢山聞かせてげんなりさせてしまった。まともに人と話すのが久しぶりすぎて鬱も表面に出なかった。煙草が少し美味しくなってきて、僕達のタガはどんどん外れていく。寒気も不安も今だけは忘れていく。  この笑い溢れる世界で、僕達は本当の意味で笑い合えていたのかもしれない。
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