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6月9日
仲間は56個体いた。整然と並んで、待機していた。いよいよ、始まるサバイバルのために…
6月10日
処刑人は全く感情を持たないかのように、淡々と作業を進めていった。まるで外科医のような正確さで、まっすぐに切れ目を入れ、密閉された空間に、取り出し口を設けた。いよいよサバイバルの封が切られたのだ。開けられた口は、かろうじて処刑人の手先が通るほどだった。
まず、封切られた入り口の近くの2個体がつまみ出され、それらが引き離されるのが見えた。そして、それぞれがガラス容器に括りつけられ、上から水が投入された。それぞれの個体は、みるみるうちに水に襲われ、最後には水没した。処刑人は空間に残された54個体に、ガラス容器を振って見せた。「次は誰だ?」と言わんばかりに、処刑人は微笑んでいた。
水没した個体たちから、淡い琥珀色の体液が漂い出した。それを見た処刑人は、満足そうにガラス容器を冷蔵庫にしまった。いずれ自分も、ああやって水攻めにされ、体液を搾り取られるのだ。処刑人は我々の体液を啜って涼しい顔をするのだろう。その顔を思い浮かべ、背筋が凍りついた。
残った54個体の空間は再び閉じられ、固く封じられた。さらに薄暗い場所に空間ごと投じられると、我々は今までよりも密着せねばならず、縮こまって過ごすことになった。
処刑は2日に1回のペースで行われるようだった。1日でガラス容器1つ分が消費されていく。初回の処刑が2個体だったのは、ガラス容器2つ分を満たすためだった。すると、この夏を通して処刑が続けられるということになる。初回が2個体だったから、計算上、111日間にわたって順番に処刑されていくのだ。
2回目の処刑は予想通り、1日あけて行われた。処刑人の人差し指と中指が我々の空間に差し込まれ、その先に触れた個体がつままれた。指先は空間内でつなげられている2個体を器用に切り離し、1個体だけを引き出していった。そしてすぐ、空間は密閉された。
梅雨が明けて、処刑の頻度が増加した。外気温が36℃を超える日も続いていた。処刑人による我々の体液の消費量が増したのだろう。どうやら暑さと処刑頻度は比例しているようだ。次々と仲間は減っていき、個体は初めの半分くらいになった。そのため、我々の空間は広々と感じられるようになた。処刑が行われるたびに、残った個体がざらざらと空間の下の方へ滑っていく。自分は一番奥に追いやられた。
ある日の処刑の現場を、自分は目撃してしまった。2日前に処刑された個体の吊るされたガラス容器には、体液が3分の1ほど残っていた。処刑人はそこから水で膨れた仲間の体を取り出した。そして別の容器に入れた。近くでは、シューシューと音がしていた。何か禍々しい儀式が始まる気配がした。
処刑人はブクブクと沸騰した熱湯を、別容器に入れた水膨れ個体にじわじわと注いでいった。第2の処刑が始まったのだ。水攻めの次に、熱湯攻めが執行されるのだ!処刑人は熱湯から立ち上る湯気を、香しそうに吸い込んだ。そして、蓋を閉めて琥珀色に染まっていく熱湯を見守るのだった。なんということだろう!この処刑人は1度の処刑では気が済まず、1個体につき2度も苦しみを味あわせるのだ。残虐の限りを尽くしても、まだ足りないというのか。熱湯による処刑は2回に及んだ。自分が身を震わせて、置かれた空間の中から、この処刑を目撃していることなど、処刑人には全く気にならないようだった。熱湯で抽出された体液は、水攻めで容器に残っていた体液に追加された。2回の熱湯攻めは、容器を満杯にするためだったのだ。処刑人の我々の体液に対する執着が、いかに凶暴かがわかった。
いよいよ自分が処刑される時が来た。空間はがらんとして、我々の移り香のみが漂っていた。処刑人はガラス容器を丁寧に洗浄していた。自分が吊るされる口と蓋も隅々まで磨かれた。ガラス容器の水気が切れると、最後の個体となった自分を容器の口に引っかけ、ねじ式の蓋を閉めた。自分はガラス容器の内側に宙吊りになった。
「ラスワン…今年の夏も終わりか…」
処刑人がつぶやいた。その顔は穏やかで、優しさをにじませた微笑みをたたえていた。これが、今まで恐れおののいていた処刑人なのか?!近くには、2回目の熱湯攻めを終えた個体が見えた。処刑人は、その仲間の体を丁寧に伸ばし、水気を切った。
そして、いよいよ自分の吊るされたガラス容器に水が投入された。足元からじわじわと水に侵されていく。全身から力が抜けていくように体液が流れ出した。処刑人が少し容器を振った。水がゆらゆらと動いて、自分の体を揺さぶった。だらりと体液が流れた。自分の体が水と一体化していくのが感じられた。この夏最後の処刑が始まった。
処刑人は、水気を切った個体を窓際の洗濯物ハンガーに吊るした。なんと、まだまだ処刑は続いていたのだ!水と一体化していくガラス容器の中から、窓際で灼熱の太陽光と乾いた風にさらされる仲間を見つめた。自分も、明日は、そこに行く、のだ…
9月28日
暑さ寒さも彼岸までというが、朝夕は少し過ごしやすくなってきた。昨日処刑が始まった自分は、その後の2回の熱湯攻めも受け、そして今は、窓際に吊るされている。夏の惨劇がようやく終わった。すっかり体液を搾り取られ出がらしになった。乾いたら捨てられてしまう儚い運命だ。自分は、同じ空間にいた56個体の思いも背負って旅立つことにしよう。
「お世話になりました。おかげで熱中症にもならず、夏を乗りきることができました。ありがとう麦茶の皆さん」
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