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鹿野さんの聴取が終わり、次に髭のダンディーな店員が呼ばれた。 「長為(ながため)です。私がここの店長です」 落ち着いた様子でゆっくり髭を撫で、刑事らに向かって一礼した。 店長らしくどっしり構え、肝が据わっている。 「松代さんとはお知り合いで?」 「はい。彼女と鹿野さんはよく来てくださいます」 2人は月に3度ほど来る常連客で、店長とも顔なじみだそうだ。 さらに松代さんはこれまでにも何度か、マッチングアプリの男性と食事をするためにこの店を利用していたらしい。 もちろん毎回、鹿野さんも連れて。 兄は忙しくペンを走らせ、数木刑事が続ける。 「松代さんにどんな印象をおもちですか」 「朗らかなお嬢さんという感じですね。いつも気さくに話しかけてくださいます」 概ね、鹿野さんの言ったイメージと一致する。 恨みをかってなんてことは一見、なさそうだ。 でも、これはあくまでも表面上というか。 裏の顔なんていくらでも考えられることは、齢20の私ですらたやすく想像できる。 「今日、何か変わったことはありましたか」 「いえ、特には。営業は通常通りでした」 店長は腕を組み、記憶を辿っていたが、これ以上新しい情報は出てこなかった。 「では、17時30分から18時頃まで、どこで何をされていましたか」 「ずっと店に。注文された料理の準備と明日の仕込みを」 「なるほど」 「あ、松代さんと鹿野さんと少しお話しましたね。確か17時50分ぐらいでした」 17時50分。 ちょうど松代さんが店に来た時間だ。 そして、彼女が毒を飲んだと推測される時刻。 毒が効きだす時間40分を逆算すると、この時間に何をしていたか、何かあったのかが非常に重要だ。 支眼も真剣に聞き入り、整った栗色の眉を歪ませる。 「その時から店内で、松代さんは何か口にしましたか?」 「私がお水をお出しいたしました。私の知る限り、他には召し上がっていないと思います」 やはり、松代さんは水しか口にしていないようだ。 証言が集まる度に、謎は深まるばかり。 そういった感覚は数木刑事たちも一緒なようで、首を捻ったり、時折髪を触ったりそわそわしている。 兄にいたってはペンをノックする回数がみるからに増え、苛立ちを感じさせた。 どこまでも紳士的な長為店長とは真逆で、まったく短気な男だ。 一方、支眼から感情は見えず、もう眉毛ひとつ動かない。 深みのある黒色の瞳、程よい曲線を描く鼻筋、淡いピンクの唇、潤いを含んだ艶やかな金色の髪。 絵画のようで、美しかった。
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