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心島さんと入れ替わり、マッチングアプリの例の男性が席に座る。
彼は周りをキョロキョロ見回してガクりと項垂れた。
その拍子に揺れた髪の毛の間から、短く刈り上げられた部分が覗く。
彼の疲れを表すように、着用している紺色のスーツは皺を寄せ、くだびれていた。
「櫻尾さん。お待たせしました」
「あ、はい」
数木刑事の言葉に、彼は肩をビクッと上下に動かした。
気が弱いのか過剰に怯え、下を向いては藤色のネクタイを弄っている。
「ではまず、松代さんとの関係性をお伺いしましょう」
「彼女とは先月マッチングアプリを通じて……。でも、実際に対面したのは今日が初めてです。初めてですよ」
彼女との関係性を聞かれただけなのに、自分は犯人じゃないと言わんばかりに、初めてという単語を繰り返し、強調した。
オドオドしている割には主張するので、疑われてはたまったもんじゃないという彼の心象が透けて見える。
「ありがとうございます。次に、17時30分から18時までの間の行動を教えてください」
「はい。17時半はこの店に向かうため電車に乗りました。駅に着いたのが46分。18時前に店に入りました。そこで松代さんに会いました」
まるで長い呪文でも唱えるように、すらすら話した。
聞かれることを想定し、事前に自身の行動履歴を整理していたようだ。
その様子は、就職活動の面接試験を彷彿とさせる。
また、ぱっと聞く限り、彼の発言の辻褄は合っているように感じた。
この店も食事にこだわりのある松代さんの方から指定されたそうだ。
現地集合というのも、先程の鹿野さんの話と合わせて考えると松代さんの方から提案されていたのだろう。
納得できる。
「次に櫻尾さんから見て、松代さんはどんな方ですか」
「皆さんの言う通り、明朗快活な方という印象です。所詮文面と電話越しでの印象ですけど」
「はい。では今日、松代さんと何か連絡はされましたか」
「しました。もうすぐ着くよみたいな内容で」
「分かりました」
数木刑事のサクサク進む質問の声、櫻尾さんの機械的な返事、兄がメモをする紙のこすれる音、この3つだけが順番に響いていた。
その後、櫻尾さんはもはや定型文と化した松代さんの飲食の有無について問われ、皆と同様に模範解答を述べた。
ここで、誰の目から見ても松代さんは何も飲んだり食べたりしなかったことがほとんど決定した。
そして、謎は謎のまま残ってしまった。
数木刑事は再び休憩の音頭を取り、それぞれが解散した。
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