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あれから数日が経ち、心島さんが正式に逮捕されたと兄から連絡が来た。
そのことは今朝のニュースで報道され、もう既知の事実である。
さらに、送られてきた文面には発表されていない事実も少し記されていた。
まず1つ。
あの後支眼の言う通り、店の物置から毒物が付着したやかんが発見されたそうだ。
心島さんは頃合いを見て廃棄する予定だったようだが、残念ながらその前に見つかってしまった。
迂闊だ。
また動機は、よくある痴情のもつれだった。
兄によると、以前心島さんと松代さんは交際していたらしい。
過去に交際していたのなら、松代さんのお湯を飲む習慣を知っていたのも納得できる。
まぁ、2人には何かしらの軋轢があったのだろう。
冷静に考えて、元恋人がいる店でマッチングアプリの相手と会うなんていかがなものかという面もある。
私なら気が咎める。
また友人の鹿野さんも2人の交際は知らなかったそうだ。
しかし、これが殺人事件にまで発展するとはなんとも惨いものだった。
「数木刑事が感謝してたってさ。お兄ちゃんもお手柄だって。珍しく褒めてたよ」
「あぁ、そう?それは良かった」
私は兄から支眼への言伝を預かっていたので、依頼通り本人に届けておいた。
支眼はそれに特に喜ぶでもなく、スマホ片手に薄い反応を示す。
彼の中で、すっかり熱は冷めていた。
しかし、本当に事件を解決してしまうなんて。
彼が頭の切れる子だというのは元来分かっていたが、もうそれはそれは予想以上だった。
仮説を立てるだけでも私から見ると十分すごいのに、推理もしっかり当てている。
「もうばっちり探偵だね」
「いやだなぁ、問瀬。それは言い過ぎだよぉ」
あの時ちゃんとした証拠もなかったし、信じてくれた数木刑事のおかげだねーと支眼はおちゃらけた風に言って、謙遜する。
それでも私としては、結構本気なんだけど。
「とはいえ、正直今回の推理には満足してるでしょ」
「えぇー。それはね、どうかねぇ」
それ、令和のホームズだと彼のことを持ち上げると、よしてよぉと強めに肩を叩かれた。
ちなみに令和のワトソンは存在しない。
私は助手といえるほど、何の働きも貢献もしてないので。
「まぁ探偵とは到底言えないけど。精々、推理屋さんってところかな」
「推理屋さん?」
支眼はそう言い、鋭利に尖った鼻の頭をかく。
当たり前だが、彼は謎を解き明かすことを生業としているわけではなく、事務所を構えているわけでもない。
何の情緒もなく言ってしまえば、ただのミステリー好きの大学生が、偶然事件に巻き込まれ、解決しただけだ。
それを推理屋さん、とは。言い得て妙だ。
金髪今どきボーイ、ちょっとかっこいい大学生。
推理屋さんの支眼、が今ここに誕生した。
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