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30mほど歩くと、その建物は現れた。
経年劣化でほんの少し黄ばんだ漆喰の白壁に、屋根には重みのある燻し銀の瓦が敷き詰められている。
玄関扉は両手の2倍の長さ、大きな引違い戸で、すりガラスが木枠に縦縞模様に組み込まれ、これまた立派だった。
外観を端的に表すと、古きよき和風の豪邸である。
「これはこれは。立派な家だね」
「ね。でかいよねぇ。中もすごいよ」
彼は他人事のようにそう言い1度六川邸を見上げた後、玄関扉に手をかけた。
カラカラと滑車の回る心地良い音がし、扉が開く。
「ばあちゃん俺、おれ!来たよぉ」
支眼は家の中に向かって、よくあるような詐欺とも捉えられる文言を叫び、中に入っていく。
私もいそいそとその背を追い、一緒に玄関へとお邪魔した。
想像通り、家の中も広かった。
玄関だけで、うちの和室一室分くらいの広さは確実にある。
もうこれだけで庶民歴20年の私にも、六川家がかなり財を成した家だということがよく分かった。
靴箱の上にはひょうたん型の黒い花器にお花が1輪、いけられていて格調高く、飾り気のないシンプルな竹の玄関マットですら、高級品に見えてくる。
そんな風に私が物珍しく六川邸を眺め回していると、はぁいと柔らかくかすれた声が奥から響いてきた。
「あらぁ支眼くん、待ってたよ。遠いところよく来たねぇ」
「久しぶり。元気にしてた?」
「元気よぉ。ちょっと腰は痛いけど」
支眼のおばあちゃんは廊下の奥からゆっくりやってきて、愛しの孫との再会を喜んだ。
無地の藤色の着物を着用し、8割ほど白くなった髪を小さくお団子型に束ねている。
笑う度に目元に寄せる皺が、チャーミングだ。
また、腰が痛いとは言っているものの、姿勢は正しく背筋も指先もしっかり伸びていて、彼女の仕草は全てたおやかだった。
物腰は柔らかく控えめな印象だが、その姿はさっきの生け花のように凛としている。
「あ、紹介するね。今日手伝ってくれる大学の友達」
「本日お世話になります、問瀬 定花です。よろしくお願いします」
私は自分のできる限り丁寧に、そして失礼のないようにお辞儀をした。
緊張で体の節々の可動域が狭まり、ややぎこちないが。
そんな私にも支眼のおばあちゃんは優しく、にっこりほほえんでくれた。
「問瀬さんね、よろしくねぇ。まだ準備まで時間があるから。お茶室とか見学していくといいよ」
「じゃあ、俺が案内するよ」
おばあちゃんの提案に支眼は頷き、行こうと私を廊下の奥へと促した。
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