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ひっ、冷たい。
蛇口から放物線を描き飛んできた水滴に眉をひそめた。
白いブラウスの袖口で頬についた水分を拭き取り、はしたなくてすみませんと心の中で謝っておく。
私は今、お茶室のちょうど真裏、水屋と呼ばれるお点前の準備や片付けを行う部屋にいて、お茶碗を洗っているところだった。
ちなみに、これでもう12個目。
それだけで結構な数のお客さんが来ることが想像できる。
また、部屋の外からは時々何人かで談笑する声が聞こえ始め、だんだん騒がしくなってきていた。
「賑やかになってきたね」
「ねぇー。この感じ、ちっちゃい頃を思い出すなぁ。お茶席中に縁側を走って怒られたことあるよ、俺」
支眼は菓子皿に紅葉を模したあんこの上生菓子、ねりきりをとんとん順に並べながら、遠い目をして懐かしんでいた。
やはり昔からやんちゃボーイだったみたいだ。
「あら!支眼くんじゃない?」
いきなり水屋の扉が勢いよく開き、肺活量のある太く伸びやかな声が狭い室内に響いた。
扉の方を振り返ると恰幅の良い、中年の女性が栗色の丸い目を見開き、立っている。
薄茶の着物に濃紺の帯をキツそうに巻き、黒く長い髪を1つのお団子にまとめていた。
「あぁ、紙名さん?お久しぶりです。支眼です」
「まぁまぁ、こんなに大きくなって!今いくつ?」
「今年20になりました」
「20!」
驚きっぱなしの紙名さんに、支眼はけらけら笑って受け答えをしている。
そんな彼女はしばらくして見慣れぬ私の存在に気づき、あなた誰?と言いたげにこっちを見ていた。
「あぁ、紹介するね。こちらがおばあちゃんのお弟子さんの紙名さん。俺が子供の頃からお世話になってる。で、こっちが俺の大学の友達、問瀬」
「初めまして。本日お手伝いにまいりました、問瀬です」
察しのいい支眼に紹介され本日2度目、かしこまったご挨拶を披露すると、恭しく礼を返された。
さすが長年お茶を嗜んでいる方だ。
所作が板についている。
「あ、もうこんな時間。私は向こうに戻るわね。2人とも頑張って!」
彼女はそう言って、着物の袖をパタパタはためかせながら颯爽と廊下へ姿を消した。
そこに入れ替わるよう、支眼のおばあちゃんが私たちの様子を見にやってきた。
「ごめんねぇ、2人とも。任せっきりで」
「いいよぉ。ばあちゃん忙しいんでしょ?」
それにもう俺も慣れたもんでしょ、なんて会話を交わし、二人の間には祖母と孫の和やかなムードが漂っている。
これぞ平和の象徴。
素晴らしき日本。あっぱれ。
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