1.マッチングアプリにはご用心

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とにかく、ネイルを落として爪を切ったくらいではピアノを始めたとは断定しづらい。 当然納得していない私の様子を察して、支眼は言葉を続ける。 「爪のこと以外だと、さっき食堂のBGM、ドビュッシーのピアノ曲がかかった時。無意識かなぁ、指で机弾いてたよ」 「え、そうだった?」 「うん。それに他のオーケストラやヴァイオリンの曲は、興味なさそうだった」 あの曲はピアノ好きな人には有名だけど普通の人はあんまり知らないかも、と彼は加える。 ドビュッシーの曲は確かに耳に残っている。 自分では気が付かなかったが、曲に反応して指も動いていたみたいだ。 他には?と推理の続きを促すと、彼は満足気に頷いた。 「まぁ、ここからは俺の記憶だけど」 「うん」 「問瀬が昔ピアノ習ってて、また始めたいみたいのも聞いたことあったなって」 支眼はなんでもないことのようにそう言ったが、私はそのことを覚えていなかった。 私がピアノ経験者であることを加味して、爪からここまで推理したのか。 すごい記憶力と思考力。 「まぁ、こんな感じで導きましたぁ。いかがですか?」 彼はそう言って顔をかたむけ、ウィンクを放つ。 すると辺りに爽やかな風が巻き起こり、それを見ていた後ろのテーブルの女の子たちが黄色い歓声をあげた。 あら、人気ですこと。 「素晴らしかったですよ。正直合宿も若人たちが遊びに行ってるだけだと思ってたから」 「若人って。それに酷い言いようだな!」 私が少し嫌味を混ぜて軽口をたたくと、彼は笑いながらぶーぶー言い返す。 あぁ、それより。 「あのさ支眼、記憶力すごいね」 「んー、そうかな?」 「そうだよ。私、ピアノの話したの覚えてなかった」 「えぇー、悲し。問瀬の薄情者ー」 そう軽い批判を受け、私はごめんごめんと両手を合わせ、肩をすくめた。 いや、私が忘れていることが悪いというより、支眼が覚えていることすごいんだけどね。 本人にはその自覚がないので、仕方ない。 しかし、そういった面で、彼は本質的に探偵にむいているのかもしれないと思った。 今の推理もそうだし、前から日常のささいなことによく気がつく節はあった。 そして、知識もある。 正直、もっと高いレベルの大学に進学するんだろうなと私は思っていた。 今回だって、支眼は音楽やクラシックに特段興味があるわけでもないのに、ドビュッシーの曲を知っていた。 でも、そんなこと言うとぜったい調子に乗るので、彼には言わないでおく。
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