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話し相手であったブルーを失い、絶望の淵にいたオレの前に現れたのは、機械を腕に抱えた少女だった。
少女は、千歳と名乗った。
そして、あの運命的な出会い以降、千歳は頻繁にオレを訪ねてきた。常に暇を持て余していたオレにとって、そんな彼女の存在はまさに渡りに船だった。
彼女との〝密会〟は、長い期間続いた。
昼になると、コロニーの扉が開いて千歳がやってくる。彼女はすぐに梯子をのぼってきて、オレに挨拶をする。それから、延々と会話をする。
話をしているうちに、彼女の父親は〝ハルキ研究所〟という研究団体の所長であることを知った。
そしてオレが今囚われているのは『小さい人間第二養殖場』という名の施設で、その管理を総括しているのが、そのハルキ研究所であることも。
オレは千歳からいろんなことを学んだ。
時間の概念や時計の進み方、オレたちは地球という惑星の上に生きていて、太陽が地球の周りを一周したら一日は終わりを告げる。
それがブルーが一日と呼んでいた概念だとオレは気づいた。
千歳から、いろんなことを知った。
だからオレは千歳を信頼することにした。
「この施設から、脱出したいんだ」
そう告白すると、千歳は驚いたような顔をしてオレを見た。
「それ、本気で言ってるの?」
機械的な音声がコロニーに響く。
「ああ、本気だよ。今までは、このままブルーみたいに自殺しようと思ってた。だけど千歳と出会って、考えが変わった。オレはこの施設から出る」
オレは格子を握って、その奥にいる千歳に顔を近づけた。
「……」
千歳はなぜか、困ったように眉間に皺をよせる。
「千歳のお父さんは、ハルキ研究所の所長なんだろう? 何とかお願いして出させてもらえないのかな」
オレは、ずっと考えていたことを口にした。
名案だと思っていたが、千歳の顔はますます強張る。口にぎゅっと力が入ったのがわかった。
「……私もそうしたいよ」しばらくして、機械の音声が聞こえてくる。「でも、私のお父さんに頼むのは危険だと思う」
「危険……? なんで?」
「ハルキ研究所は、動物にひどい実験をするようなところだから。だから、もし特別にレッドをここから逃がすことができても、たぶん残酷な実験に使われるだけだよ」
「……そんな」
オレは格子から手を離し、汚れが染み付いたシーツに座り込んだ。背後でノンブレインの鼾が聞こえる。
「だから、私がレッドを逃すことはできない。でも、協力することならできるよ」
「無理だよ。ここからは、絶対出られない」
オレは全ての計画を諦観して、投げやりに言った。
「そうだ、作戦考えようよ!」千歳はそう提案してきた。「レッドをここから逃すための」
「……」オレは千歳を信頼していた。「何か、アイデアがあるの?」
「まだ、だけど——」
そのとき、コロニーの扉が再び開き、千歳の父親が姿を現した。
「千歳―! 帰るぞ」
「あ、時間が来ちゃったみたい。また、今度ね」
千歳は残念そうにそう言うと、梯子を降りていく。
オレは、何としてでも千歳を引き留めたかった。取り残されたオレは、いつ出荷されるのか分からない。もしかしたら今夜かもしれない。
去っていく彼女に声を上げたかったけど、オレは格子の隙間から眺めることしかできなかった。
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