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「ごめんね、付き合わせちゃって」
廊下を出たところで、ピノは申し訳なさそうに言った。
「ううん、全然大丈夫」
私はそう返した。むしろ、クラスの人気者であるピノと二人きりで歩けるのは、正直言ってうれしい。
あと、授業中に廊下を歩くのって、なかなか楽しい。背徳感というのか、小学生の私にはよくわからないけれど。
「そういえば最近、校庭の隅でなんか工事してるよね」
廊下を歩きながらピノが言った。
「ああ、確かに」
ちょうど横に現れた窓から外を眺めると、確かに校庭の隅五平方メートルほどが塀に覆われていて、そこで工事が行われている。
「なんか、この間あそこで猪山先生見たんだけど」
ピノがそんな告白をした。
「え?」
「わからないけど、あの工事に猪山先生がかかわってるのかな」
「あの人、いつも怪しいし、悪いこと企んでそうな顔してるよね」
私が率直な感想を述べると、ピノはくすりと笑った。
そんなことを話しながら教室へ歩いていると、ピノが不意にしゃがみこんだ。
靴紐が緩んでしまったらしい。
彼女は靴紐を結ぶのに苦戦しながら、申し訳なさそうな顔で私を見上げる。
「教室からリコーダー持ってきてくれない? たぶん、私の机の中にあると思う」
「うん、いいよ」
私は廊下にしゃがみこむピノを置いて、ひとり教室に入った。ピノの机の前に立って、中を覗き込む。
そして予想外の事態に直面した。
数秒後、ピノが教室に入ってきた。
「あ、ありがとう、千歳」
「いや、その——」
「ん?」
その場に立ち尽くす私を訝し気に見ながら、ピノは机の中を見た。私も、あらためて中を確認する。
机の中には何もない。
がらんどうだった。
「他に、リコーダーを置いた場所に心当たりはある?」
「いや、絶対机の中だって」そう言ってから、ピノは私を見て笑った。「……ちょっと千歳、驚かさないでよ」
私がリコーダーを隠し持っていると思ったのだろう。
でも、私が潔白を示すように両手を挙げると、その顔に笑顔はなくなった。
「隠してないよ、ほら」
「え、じゃあ、私が見ないうちに、誰かに盗まれたってこと?」
「とりあえず、ほかの場所も探してみないと」
こうして教室の中で、ピノの失くなったリコーダーの捜索をしたわけだけど、案の定彼女のリコーダーはどこにも見当たらなかった。
私たちは仕方なく音楽室に戻って、ピノのリコーダーがなくなった旨をみんなに伝えた。
みんなもその場でそれぞれバッグの中を確認したけれど、ピノのリコーダーを持っている人は名乗りでなかった。
結局、ピノはその日リコーダーのテストを受けることができなかった。
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