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教室に突如やってきた高級食材は、意外にも授業中は静かに私の隣の席に座っていた。
たまに「ドースル、ドースル」と独り言のようにぶつぶつと呟くことはあったが、授業に支障がでるほどではなかった。
ただ、そもそもみんな授業に集中していなかった。
彼らの意識は、常にドスルに向けられていて、猪山が黒板に何かを書いているときは、こぞってドスルを観察しだす。そのたびに私も見られているような気がして極めて不快だった。
給食の時間もクラスは教室の興奮の渦だった。
ドスルのエサは猪山が用意してくれていたようで、そのシリアルのようなエサをドスルにあげたい人が教卓に列をなしていた。
というのも、小さい人間は消化の都合上、三日に一度しか食事をとる必要がないからで、ドスルにエサをあげるという体験は三日に一回のレアな体験らしい。
私にはどうでもいいけれど。
あと、給食を下げるとき、ニンジンがいきなり私のプレートを見て「意外と小食なんだね」とか言ってきて気持ち悪かった。
彼の脳がどんな構造をしているのか、ドスルの生態よりもそっちの方が興味ある。
昼休みもドスルは人気者だった。
みんな、ドスルに話しかけている。ネコヤマなんかはネコヤマに懐いているらしい野良猫の写真を「かわいいでしょ」などと言いながら彼に見せつけていた。
ドスルは「カワイイデショ」と見事な鸚鵡返しをしたけれど、ネコヤマはいい気分になった様子で、どんどんいろんな写真を見せていた。
授業は終わって帰りの会。
教卓に立つ鬱々とした顔の猪山が、「そろそろ、小さい人間を小屋に返しましょうか」と意味の良く分からない提案をした。
「先生、小さい人間じゃなくて、ドスルです、ドスル!」
早速、ドッジが訂正する。
「もう名前もつけたんですか」猪山はにたりと笑った。「大切に飼育してくれているようで」
「小屋ってなんですか?」
アミが訊く。
「もしかして、今まで工事してた場所ですか」
ジョウが確認すると、猪山は無表情で頷いた。
「紹介しますので、校庭に出る準備をしてください」
私たちは先生に従って校舎を出た。
「やっぱりあの工事、猪山先生がかかわってたんだね」
かつて工事をしていた場所に向かう道で、ピノが嬉しそうに私に言う。
「うん」
三十人ほどの児童が、校庭を歩く。
猪山のすぐ後ろには、ドスルの手を握るネコヤマが歩いている。
意思疎通さえまともに取れていないくせに、ドスルと馬が合った気でいるらしい。
ドスルの小屋は、つい昨日まで工事をしていた、校舎の裏、伸びっぱなしの草むらの中に設けられていた。
新設のため、校舎とは比べ物にならないくらいぴかぴかに光っている。
三メートルほどの長方形の建物。短い辺の一方が出入口になっており、木製の扉が、そこにかまえていた。
「では、小さい人間をここに戻しましょう」
猪山が扉近くまで来てそう言った。皆の視線が、ネコヤマに向けられる。
「さあ、行くよ」
ネコヤマがドスルの手を引く。彼女が扉近くまでいくと、ガチャリと錠が外れる音がした。
「開けてください」
猪山がネコヤマに指示する。
ネコヤマはドスルを片手で撫でながら、恐る恐るドアノブに手を掛けた。スーッと音を立てて、扉がゆっくりと開く。
そこに闇が広がった。
おー、と草むらに立ち尽くす皆が声を上げる。
ネコヤマが「ばいばい」と言いながら背中を押すと、ドスルは歩き始め、奥へ消えていった。
扉が閉まる。
再びガチャリ、と音が鳴った。
ネコヤマが再びドアノブを握るが、びくともしなかったらしい。
「設備は小さい人間のためにしっかりと機能しているので安心してください。予算の影響で、木製になることは避けられませんでしたが」猪山がそこで説明を始める。「とりあえず、この扉は小さい人間を感知しないと錠が外れないようになっています。なので、小さい人間が盗まれる心配もありません」
なるほど、だからドスルが近づいたときは錠が開いて、ネコヤマだけがいるときは開かないのか。
「じゃあどうやって小さい人間を小屋から出すんです?」
ロジンが頭のいい質問をした。
「土日と夜中は小さい人間を感知しない限り絶対に開きませんが、平日の朝五時から夕方五時の間は、事務員だけが持っている専用のカギがあれば入ることができます」
「内側からはどうなっているんですか?」
ロジンが質問を続ける。
「内側からは誰でも開けられるようになっています。しかし、高い位置にドアノブがあるので、背の低い小さい人間には開けることができません」
「ということは、小さい人間はこの小屋に入ることはできるが、出ることはできない、と」
「ドスルな!」
ドッジが言う。うるさい。
「ぼくは今、ドスルを小さい人間と一般化して話していたんだ。重箱の隅を楊枝でほじくるような真似はやめてくれるかい」
「うるせえ」
ドッジの負け犬の遠吠え。
木製なんだから、燃やせば簡単に入れる。
こんな扉、全然頑丈じゃない。
私はそんなことを思いながら、そんな光景を数メートルほど離れたところから眺めていた。
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