『小さい人間ノート』Ⅰ

2/4
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/82ページ
(『小さい人間ノート』より) 五月二十三日  ちょっとした騒動が起こった。  今日は一時間目の音楽の授業でリコーダーのテストがあったから、みんなは学校に来ると朝からリコーダーの練習をしている。  私はどちらかというとリコーダーは得意な方だったから、前の席のピノに指使いを教えたりしていた。  ピノは明るくてクラスでも人気者。美人だから男子からも好かれている。  まあ、私にはどうでもいいんだけど。    朝のチャイムが鳴って、担任の猪山(いのやま)が来た。  痩せぎすでいつも目の下にクマを浮かべているから、明らかに小学校の先生には思えない。みんなもそう思っていると思う。  それでいて猪山は自分のことについてあまり語ろうとしないから、M国のスパイなんじゃないかとか、本当はエイリアンなんじゃないか、とか根も葉もないうわさをみんなはしている。  そんな猪山が朝の時間割を確認して、朝の会は終わる。  リコーダーのテストに自信があるロジンとかヌーボーはすぐに音楽室に行っちゃったけど、ピノはやっぱりうまくリコーダーを吹けなくて、私がチャイムの鳴るギリギリまで教えていた。  で、私たちは急いで音楽室に走った。  チャイムが鳴って、授業が始まる。  音楽担当である若い女性教師、鳥口(とりぐち)先生が、開始早々「テストはじめますよー」と言って周りがざわついた。  スポーツマンで日焼けした肌のドッジが「練習時間くださーい」と駄々をこねる。  そんな中で、ふと離れた席に座るピノに目を向けると、彼女はひとり焦っているようだった。テストが不安なのかと思えば、そうではなく、何かを探しているような様子。  そこで、ピノは手を挙げる。  「先生、教室にリコーダーを忘れちゃったみたいなので、取りに行っていいですか」  「そうなの? じゃあどうぞ。テストは進めているからね」  鳥口先生はそう容認した。  「でも、廊下ひとりで歩くの怖い……」  ピノがおびえた声でそう漏らすと、男子たちが次々と「じゃあ、オレがついていきます!」と異口同音に言う。  そんな中、彼女と目が合ったのは私。  「千歳(ちとせ)、一緒に来てくれる?」   「あ、うん。わかった」  男子の軽蔑に満ちた視線を強く感じる。  なんであのクラスのマドンナであるピノが、この私のようなやつと友達なのだとでも思っているのだろう。  私も同感だ。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!