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(『小さい人間ノート』より)
五月二十三日
ちょっとした騒動が起こった。
今日は一時間目の音楽の授業でリコーダーのテストがあったから、みんなは学校に来ると朝からリコーダーの練習をしている。
私はどちらかというとリコーダーは得意な方だったから、前の席のピノに指使いを教えたりしていた。
ピノは明るくてクラスでも人気者。美人だから男子からも好かれている。
まあ、私にはどうでもいいんだけど。
朝のチャイムが鳴って、担任の猪山が来た。
痩せぎすでいつも目の下にクマを浮かべているから、明らかに小学校の先生には思えない。みんなもそう思っていると思う。
それでいて猪山は自分のことについてあまり語ろうとしないから、M国のスパイなんじゃないかとか、本当はエイリアンなんじゃないか、とか根も葉もないうわさをみんなはしている。
そんな猪山が朝の時間割を確認して、朝の会は終わる。
リコーダーのテストに自信があるロジンとかヌーボーはすぐに音楽室に行っちゃったけど、ピノはやっぱりうまくリコーダーを吹けなくて、私がチャイムの鳴るギリギリまで教えていた。
で、私たちは急いで音楽室に走った。
チャイムが鳴って、授業が始まる。
音楽担当である若い女性教師、鳥口先生が、開始早々「テストはじめますよー」と言って周りがざわついた。
スポーツマンで日焼けした肌のドッジが「練習時間くださーい」と駄々をこねる。
そんな中で、ふと離れた席に座るピノに目を向けると、彼女はひとり焦っているようだった。テストが不安なのかと思えば、そうではなく、何かを探しているような様子。
そこで、ピノは手を挙げる。
「先生、教室にリコーダーを忘れちゃったみたいなので、取りに行っていいですか」
「そうなの? じゃあどうぞ。テストは進めているからね」
鳥口先生はそう容認した。
「でも、廊下ひとりで歩くの怖い……」
ピノがおびえた声でそう漏らすと、男子たちが次々と「じゃあ、オレがついていきます!」と異口同音に言う。
そんな中、彼女と目が合ったのは私。
「千歳、一緒に来てくれる?」
「あ、うん。わかった」
男子の軽蔑に満ちた視線を強く感じる。
なんであのクラスのマドンナであるピノが、この私のようなやつと友達なのだとでも思っているのだろう。
私も同感だ。
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