『選別』Ⅱ

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 「みんなに色々と確認したいことがある」  小屋から出てきたロジンは、両腕を広げてそう宣言した。クラスメイトのどよめきが響く。  ロジンに続いて小屋から出た私は、不安げにこちらを見るピノと目が合った。  「千歳、ドスルが死んだって本当⁉」  ピノは私の方に駆けてくると、ヒステリックに訊ねた。  「……」 私は無言でうなずく。  「そんな……」  ピノは絶望に満ちた顔でその場に立ち尽くした。  「とりあえずみんなは、ここに出席番号順に並んでくれないか」  喧噪の中、ロジンがクラスメイトに命令をする。  「ロジン、なんでお前が勝手に仕切ってんだよ!」  生気の消えた顔をしたドッジが、ロジンに向けて敵愾心むき出しで叫んだ。  「僕しか相応しい人がいないからさ」  「先生たちもあんな調子だし」  ジョウが助手よろしくロジンの隣に立つと、そう言った。  みんなはロジンに言われた通り、出席番号順に小屋の前に並び始めた。私もその列の中に入る。ドッジも「ばかやろう……」と悪態をつきながら素直に並んだ。  「とりあえず、第一発見者の小野さんから、話を窺ってもいいですか」  「オーケー」  しばらく経ってからロジンが口を開く。小屋の傍らでじっとしていた小野が、片手で丸を作って笑った。  「まず、ドスル、小さい人間の死体を発見したのは、何時ごろですか」  「ちょうど六時三十分だった。腕時計を見たから覚えてるよ」  「いつもその時間に?」  「いや、その~」小野はバツが悪そうに頬を掻いた。「普段は小屋の錠が解除される朝五時には着いてたんだけど、今日に限っていつも使う車が故障しちゃったんだ。何とか修理しようとしたけどどうにもならなくて、結局自転車で来た」  「錠が解除される……」ジョウが呟く。「確かドスルの小屋って、土日は小さい人間を感知しない限り開かないけど、平日は朝五時から夕方五時まで、事務員の持ってる専用のカギを使っても開けられるようになる、だっけ?」  「ああ、確かそうだったね」ロジンが顎に手を当てた。「死体を発見した経緯を、詳しく教えてください」  小野は終始、吐き気をこらえるような表情をしながら、死体発見の経緯を具に語った。  二つあるラッチのうち、平日に作動するラッチが破壊されていたこと、血だらけの室内で何か光っていたこと、そして小さい人間の死体。  「怖くなってすぐに逃げて、後から出勤してきた職員と、猪山さんにそのことを報告した、って感じかな」  「ということは、小屋の奥から続いていた赤い足跡は、小野さんのものとみて間違いないようですね」  「そうだね、俺のだよ」  怖くなって小屋を引き返したときに付いたものらしい。  「なるほど」ロジンは頷くと、話に区切りをつけるように咳払いをした。「じゃあ、状況を整理しようか」  「……そうだな」  ロジンの提案にジョウが静かに返事をした。  でも、ジョウの調子はどこかおかしい。握りしめている拳が、かすかに震えているのが分かった。  「まず、破壊されていたラッチについて考えると、朝五時以降に作動されていたラッチが破壊されていたことから、犯人が侵入したのは五時から六時半までの間だろう。小野さん、小屋へ向かうまでに怪しい人物を目撃したりは?」  「特に見てないね」  「なるほど」ロジンは目を細めて考え込む仕草を見せた。「そうか。とにかく犯人は、扉を破壊して、小屋に侵入。そしてドスルを殺害した。足跡がユウイチさんのものしか残っていないことから、犯人は血が流れていないところをうまく通って、足跡を残さずに現場を去ったらしい。 そこから考えると、まず犯人はどのラッチがいつ作動するかを理解している人物で——」  そのとき、どんっと鈍い音がして、小野が倒れ込んだ。どうやらジョウが彼を押し倒したらしい。  状況を理解できていない小野を、ジョウが上から見下ろす。私たちは何もできずにその光景を眺めていた。  「何を真剣に考えてるんだよ、ロジン」ジョウが震える声で言った。「事件はとっくに解決してるだろ」  「何を言っているんだい。君は助手らしく——」  「俺はもう真相がわかったぞ! 犯人はこいつだ、この事務員だ!」ジョウは取り乱した様子で小野を指さした。「第一、俺たちの中にドスルを殺す動機を持つやつなんかいない! ドスルはどっちみち今日殺される予定だったからね! こんな真似しなくたって、ドスルは殺されてたんだ。だから俺たちにドスルを殺す動機はない。なら、もう明白だろ」  「おい、ジョウ——」  「他にも根拠はあるよ」ジョウは小野を強く睨みながら続ける。「ロジンの話によると、犯行時刻は五時から六時半の間だ。確かにその時間にアリバイがある人はいない。けど、俺たち児童に犯行は不可能だ。 なぜなら、五時から六時半の間に犯行が可能になったのは、この事務員の車が故障するという不測の事態が起こったからだ。車が故障しなければ事務員は今日、いつも通り五時には小屋に着いていたはずだ。その場合、俺たちに犯行のチャンスはない。 俺たちに事務員の車の故障は予想できなかった。よって、」  ジョウは、情緒とは裏腹に理路整然とした推理を披露した。  私たちに、事務員の車の故障を予想することはできない。確かにその通りだ。だから、私たちが忍び込むことはできない。  「ちょ、ちょっと待ってよ」腰が抜けたのか地面に寝そべったまま、小野は抵抗した。「小さい人間は今日殺されるはずだったんだろ。だったら、俺にだって動機はないじゃないか」  「いや、あんたは違う。お前は、毎朝ドスルを迎えに行くうちに、ドスルに対して愛着が湧いていたんだ。だから、ドスルが俺たちの手によって殺されることが許せなかった。  ドスルが俺たちに殺される前に自分の手で殺すことによって、自分のものにしようとしたんだろ」  独占欲のために殺した、か。なかなか鋭いところを突いてきた。私はそんなことをぼんやりと考えた。  「そ、そんな馬鹿な……」  小野が弱弱しい声で呟く。ジョウの圧に委縮してしまったらしい。  「お前がいなけりゃ、ドスルが殺されるまでにもっと思い出を作れてたんだ。許さねぇ!」  ジョウは血走った目をして、小野に飛び掛かった。  「おい、ジョウ、やめたまえ!」  ロジンが叫ぶ。  何人かクラスメイトが立ち上がった。  傍らには、そんなものには目もくれずに項垂れる猪山。  「ふざけんな!」  ジョウは小野の上に馬乗りになると、腕を振り上げた。  私はそのとき、言い知れぬ感情に陥った。この状況、とてつもなく嫌な予感がする。  その予想は的中した。  銃声が二発、空間に響いた。  刹那、ジョウが全身の骨を抜かれたように小野の上に倒れ込んだ。周辺が赤く染まった。  小野に目を向ける。彼も動いていなかった。  二人とも撃たれたのか?  周りを見る。職員たちはすでには姿を消している。  草が風に戦いだ。  「……え?」  「なんで……?」  「こいつら、死んだのか?」  クラスメイトの嘆きが鼓膜を素通りする。  「だから言ったじゃないか……」  ロジンが両手で顔を覆ってそう言った。  「失礼するよ」そんな呑気な声とともに小屋の陰から現れたのは、案の定チャーリーだった。「争いは治安を乱すからね。始末させてもらった」  「何やってんだよ、お前!」ドッジが叫びながら、二つの死体にかけよった。「なんでだよ、ばかやろう」  「文句は常道会に言ってくれないか」チャーリーは両腕を広げる。「オレは見ての通り、政府の傀儡さ。それとも、お前もこうなりたいのかい」  チャーリーはそう笑うと、ドッジの額に銃口を突き付けた。  「……っ!」  さすがのドッジも死を恐れたのか、死体の前に動かなくなった。  「」  「……え?」  ドッジは体を震わしながらチャーリーのボロボロの靴に視線を下ろした。  「オレのじゃない。こいつのだ」  チャーリーは首を振ると、二つの折り重なった死体を指さした。小野の伸び切った脚が、ジョウの死体から飛び出ている。  「ま、まじで言ってんのかよ……」  「うん」  「ドッジくん、従った方がいい」  ロジンが震える声で小さくそう言う。  「……」  ドッジは銃口を除けると、小野の靴を持ち上げ、その裏を舐めた。  死体の靴を舐めるその光景に、何人かがうめき声を上げる。  「ハハハハハ」  チャーリーはそう愉快そうに笑うと、「いいぞ」と言って後ろに目くばせをした。  そこで四人のスーツ姿の男が現れ、ジョウと小野を無駄のない動きで運んで行く。チャーリーはそれを確認すると踵を返し、ゆっくりと消えていった。  その間、誰もが金縛りにあったかのように動けなかった。  「……」ドッジの鼻を啜る音が響く。「で、どうなんだよ、ロジン」  「……何がだい?」  「ジョウの推理は、合ってたのか? 事務員が犯人なのか?」  「……いや、その可能性はとっくに考えていた」ロジンは声色を落として告げた。「でも、その推理は成立しない」  「……え?」  「それだと、小屋に包丁の破片が落ちていたことを説明できない」ロジンは悔しそうに笑った。「小屋に落ちていた破片は、調理室にあった包丁だ。これが凶器だと考えて問題ないだろう。しかし小野さんに、わざわざ調理室の包丁を盗んで犯行に及ぶメリットはない」  「でも、オレたちに罪を被せたかったかもしんねえだろ!」  「凶器が調理室の包丁だと判明したのは、破片に特有の落書きがしてあったからだ。この落書きがなければこれが調理室の包丁だとはわからなかった。でも、小野さんがその落書きの存在を知っていたはずがないんだ」  「……じゃあ、どういうことなんだよ。犯人は誰なんだよ!」  ドッジが小屋の方を睨みながら叫ぶ。  「……それが分かっていればジョウは殺されてなかったよ」ロジンは意気消沈した様子で手を膝についた。「……くそっ」 「……私、許せない」そこで、アミが立ち上がる。「ドスルを殺した犯人、許せない」  「私も……!」前に座るピノも立ち上がる。「ドスルを殺すなんて、許せない」 「ああ、僕が解決してやるさ」ロジンの目は、いつのまにか決意に満ちたものに変わっていた。「ドスルとジョウへの弔いだ」  そのとき、猪山が徐に動き出した。猫背の姿勢のまま、私たちに目をくれることもなく、ゆっくりと校舎の方に歩いていく。  「先生」そこでアミが呼びかける。「なんでそんなに他人事なんですか」  案の定、猪山は足を止めることがなかった。  猪山と入れ替わるように、音楽を担当している鳥口がこちらに走ってきた。  「とりあえず、教室で待機していてください」  鳥口はそれだけ投げやりに言うと、私たちを置いて再び校舎に走っていった。            
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