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「みんなに色々と確認したいことがある」
小屋から出てきたロジンは、両腕を広げてそう宣言した。クラスメイトのどよめきが響く。
ロジンに続いて小屋から出た私は、不安げにこちらを見るピノと目が合った。
「千歳、ドスルが死んだって本当⁉」
ピノは私の方に駆けてくると、ヒステリックに訊ねた。
「……」
私は無言でうなずく。
「そんな……」
ピノは絶望に満ちた顔でその場に立ち尽くした。
「とりあえずみんなは、ここに出席番号順に並んでくれないか」
喧噪の中、ロジンがクラスメイトに命令をする。
「ロジン、なんでお前が勝手に仕切ってんだよ!」
生気の消えた顔をしたドッジが、ロジンに向けて敵愾心むき出しで叫んだ。
「僕しか相応しい人がいないからさ」
「先生たちもあんな調子だし」
ジョウが助手よろしくロジンの隣に立つと、そう言った。
みんなはロジンに言われた通り、出席番号順に小屋の前に並び始めた。私もその列の中に入る。ドッジも「ばかやろう……」と悪態をつきながら素直に並んだ。
「とりあえず、第一発見者の小野さんから、話を窺ってもいいですか」
「オーケー」
しばらく経ってからロジンが口を開く。小屋の傍らでじっとしていた小野が、片手で丸を作って笑った。
「まず、ドスル、小さい人間の死体を発見したのは、何時ごろですか」
「ちょうど六時三十分だった。腕時計を見たから覚えてるよ」
「いつもその時間に?」
「いや、その~」小野はバツが悪そうに頬を掻いた。「普段は小屋の錠が解除される朝五時には着いてたんだけど、今日に限っていつも使う車が故障しちゃったんだ。何とか修理しようとしたけどどうにもならなくて、結局自転車で来た」
「錠が解除される……」ジョウが呟く。「確かドスルの小屋って、土日は小さい人間を感知しない限り開かないけど、平日は朝五時から夕方五時まで、事務員の持ってる専用のカギを使っても開けられるようになる、だっけ?」
「ああ、確かそうだったね」ロジンが顎に手を当てた。「死体を発見した経緯を、詳しく教えてください」
小野は終始、吐き気をこらえるような表情をしながら、死体発見の経緯を具に語った。
二つあるラッチのうち、平日に作動するラッチが破壊されていたこと、血だらけの室内で何か光っていたこと、そして小さい人間の死体。
「怖くなってすぐに逃げて、後から出勤してきた職員と、猪山さんにそのことを報告した、って感じかな」
「ということは、小屋の奥から続いていた赤い足跡は、小野さんのものとみて間違いないようですね」
「そうだね、俺のだよ」
怖くなって小屋を引き返したときに付いたものらしい。
「なるほど」ロジンは頷くと、話に区切りをつけるように咳払いをした。「じゃあ、状況を整理しようか」
「……そうだな」
ロジンの提案にジョウが静かに返事をした。
でも、ジョウの調子はどこかおかしい。握りしめている拳が、かすかに震えているのが分かった。
「まず、破壊されていたラッチについて考えると、朝五時以降に作動されていたラッチが破壊されていたことから、犯人が侵入したのは五時から六時半までの間だろう。小野さん、小屋へ向かうまでに怪しい人物を目撃したりは?」
「特に見てないね」
「なるほど」ロジンは目を細めて考え込む仕草を見せた。「そうか。とにかく犯人は、扉を破壊して、小屋に侵入。そしてドスルを殺害した。足跡がユウイチさんのものしか残っていないことから、犯人は血が流れていないところをうまく通って、足跡を残さずに現場を去ったらしい。
そこから考えると、まず犯人はどのラッチがいつ作動するかを理解している人物で——」
そのとき、どんっと鈍い音がして、小野が倒れ込んだ。どうやらジョウが彼を押し倒したらしい。
状況を理解できていない小野を、ジョウが上から見下ろす。私たちは何もできずにその光景を眺めていた。
「何を真剣に考えてるんだよ、ロジン」ジョウが震える声で言った。「事件はとっくに解決してるだろ」
「何を言っているんだい。君は助手らしく——」
「俺はもう真相がわかったぞ! 犯人はこいつだ、この事務員だ!」ジョウは取り乱した様子で小野を指さした。「第一、俺たちの中にドスルを殺す動機を持つやつなんかいない! ドスルはどっちみち今日殺される予定だったからね! こんな真似しなくたって、ドスルは殺されてたんだ。だから俺たちにドスルを殺す動機はない。なら、もう明白だろ」
「おい、ジョウ——」
「他にも根拠はあるよ」ジョウは小野を強く睨みながら続ける。「ロジンの話によると、犯行時刻は五時から六時半の間だ。確かにその時間にアリバイがある人はいない。けど、俺たち児童に犯行は不可能だ。
なぜなら、五時から六時半の間に犯行が可能になったのは、この事務員の車が故障するという不測の事態が起こったからだ。車が故障しなければ事務員は今日、いつも通り五時には小屋に着いていたはずだ。その場合、俺たちに犯行のチャンスはない。
俺たちに事務員の車の故障は予想できなかった。よって、五時から六時半の間に小屋に忍び込もうという発想には至らないはずなんだよ」
ジョウは、情緒とは裏腹に理路整然とした推理を披露した。
私たちに、事務員の車の故障を予想することはできない。確かにその通りだ。だから、私たちが忍び込むことはできない。
「ちょ、ちょっと待ってよ」腰が抜けたのか地面に寝そべったまま、小野は抵抗した。「小さい人間は今日殺されるはずだったんだろ。だったら、俺にだって動機はないじゃないか」
「いや、あんたは違う。お前は、毎朝ドスルを迎えに行くうちに、ドスルに対して愛着が湧いていたんだ。だから、ドスルが俺たちの手によって殺されることが許せなかった。
ドスルが俺たちに殺される前に自分の手で殺すことによって、自分のものにしようとしたんだろ」
独占欲のために殺した、か。なかなか鋭いところを突いてきた。私はそんなことをぼんやりと考えた。
「そ、そんな馬鹿な……」
小野が弱弱しい声で呟く。ジョウの圧に委縮してしまったらしい。
「お前がいなけりゃ、ドスルが殺されるまでにもっと思い出を作れてたんだ。許さねぇ!」
ジョウは血走った目をして、小野に飛び掛かった。
「おい、ジョウ、やめたまえ!」
ロジンが叫ぶ。
何人かクラスメイトが立ち上がった。
傍らには、そんなものには目もくれずに項垂れる猪山。
「ふざけんな!」
ジョウは小野の上に馬乗りになると、腕を振り上げた。
私はそのとき、言い知れぬ感情に陥った。この状況、とてつもなく嫌な予感がする。
その予想は的中した。
銃声が二発、空間に響いた。
刹那、ジョウが全身の骨を抜かれたように小野の上に倒れ込んだ。周辺が赤く染まった。
小野に目を向ける。彼も動いていなかった。
二人とも撃たれたのか?
周りを見る。職員たちはすでには姿を消している。
草が風に戦いだ。
「……え?」
「なんで……?」
「こいつら、死んだのか?」
クラスメイトの嘆きが鼓膜を素通りする。
「だから言ったじゃないか……」
ロジンが両手で顔を覆ってそう言った。
「失礼するよ」そんな呑気な声とともに小屋の陰から現れたのは、案の定チャーリーだった。「争いは治安を乱すからね。始末させてもらった」
「何やってんだよ、お前!」ドッジが叫びながら、二つの死体にかけよった。「なんでだよ、ばかやろう」
「文句は常道会に言ってくれないか」チャーリーは両腕を広げる。「オレは見ての通り、政府の傀儡さ。それとも、お前もこうなりたいのかい」
チャーリーはそう笑うと、ドッジの額に銃口を突き付けた。
「……っ!」
さすがのドッジも死を恐れたのか、死体の前に動かなくなった。
「靴を舐めろ」
「……え?」
ドッジは体を震わしながらチャーリーのボロボロの靴に視線を下ろした。
「オレのじゃない。こいつのだ」
チャーリーは首を振ると、二つの折り重なった死体を指さした。小野の伸び切った脚が、ジョウの死体から飛び出ている。
「ま、まじで言ってんのかよ……」
「うん」
「ドッジくん、従った方がいい」
ロジンが震える声で小さくそう言う。
「……」
ドッジは銃口を除けると、小野の靴を持ち上げ、その裏を舐めた。
死体の靴を舐めるその光景に、何人かがうめき声を上げる。
「ハハハハハ」
チャーリーはそう愉快そうに笑うと、「いいぞ」と言って後ろに目くばせをした。
そこで四人のスーツ姿の男が現れ、ジョウと小野を無駄のない動きで運んで行く。チャーリーはそれを確認すると踵を返し、ゆっくりと消えていった。
その間、誰もが金縛りにあったかのように動けなかった。
「……」ドッジの鼻を啜る音が響く。「で、どうなんだよ、ロジン」
「……何がだい?」
「ジョウの推理は、合ってたのか? 事務員が犯人なのか?」
「……いや、その可能性はとっくに考えていた」ロジンは声色を落として告げた。「でも、その推理は成立しない」
「……え?」
「それだと、小屋に包丁の破片が落ちていたことを説明できない」ロジンは悔しそうに笑った。「小屋に落ちていた破片は、調理室にあった包丁だ。これが凶器だと考えて問題ないだろう。しかし小野さんに、わざわざ調理室の包丁を盗んで犯行に及ぶメリットはない」
「でも、オレたちに罪を被せたかったかもしんねえだろ!」
「凶器が調理室の包丁だと判明したのは、破片に特有の落書きがしてあったからだ。この落書きがなければこれが調理室の包丁だとはわからなかった。でも、小野さんがその落書きの存在を知っていたはずがないんだ」
「……じゃあ、どういうことなんだよ。犯人は誰なんだよ!」
ドッジが小屋の方を睨みながら叫ぶ。
「……それが分かっていればジョウは殺されてなかったよ」ロジンは意気消沈した様子で手を膝についた。「……くそっ」
「……私、許せない」そこで、アミが立ち上がる。「ドスルを殺した犯人、許せない」
「私も……!」前に座るピノも立ち上がる。「ドスルを殺すなんて、許せない」
「ああ、僕が解決してやるさ」ロジンの目は、いつのまにか決意に満ちたものに変わっていた。「ドスルとジョウへの弔いだ」
そのとき、猪山が徐に動き出した。猫背の姿勢のまま、私たちに目をくれることもなく、ゆっくりと校舎の方に歩いていく。
「先生」そこでアミが呼びかける。「なんでそんなに他人事なんですか」
案の定、猪山は足を止めることがなかった。
猪山と入れ替わるように、音楽を担当している鳥口がこちらに走ってきた。
「とりあえず、教室で待機していてください」
鳥口はそれだけ投げやりに言うと、私たちを置いて再び校舎に走っていった。
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