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「なるほどね。じゃあ、君とニンジンくんにはアリバイがあるわけだ」
小屋へ続く道で、ロジンは納得したようにそう言った。
学級会議がひと段落ついてから、私とロジンは見落としがないか確認するため、再び小屋を見ることにしたのだった。
「今日のことは内緒に、って約束したのに、なんで言っちゃうんだろう」
その日、結局私たちは寝ずに夜が明けるまで語り合った。でも時計が六時半を回ったあたりで、私が眠気に耐え切れずに寝てしまい、その間にニンジンは先に学校へ向かったらしい。
「ニンジンくんはそんなに頼れる存在かい?」
目の前に小屋が現れたとき、ロジンが呟いた。
「自分でも分からないけど……」私は口をぐっと締めた。「やっぱ、分からない。でも、私にはニンジンが必要なんだと思う」
小屋のドアは相変わらず半開きになっている。ロジンは「何かわかるかもしれない」と言いながらドアノブに手をかけた。
そこで私は戦慄した。
部屋をライトが照らしている。部屋の奥に男が立っていた。
「あなたは——」
ロジンが声を上げたとき、男は振り向いた。
男、チャーリーは素早い動きでロジンに銃口を向ける。
「またお前か。何の用だ?」
「もう帰ったんじゃないんですか」
私が言うと、チャーリーは私を認識したのか、苦笑しながら銃口を下ろした。
「ちょっとこの事件が気になっちゃってな」
「邪魔なのでどいてもらえますか」
ロジンが強気の姿勢で言った。
この男はついさっき、ロジンの助手であるジョウの命を躊躇なく奪ったのだ。
それでいて、文句は政府に言え、などと到底看過できない僻事を言った。
ロジンからすれば不倶戴天の仇だ。
「悪いな、坊や。事件を解決したいのはオレも一緒でね」
チャーリーはそう言うと踵を返し、そこにある肉塊を見下ろした。そして、その口だったであろう部分に手を突っ込むと、そのまま塊を持ち上げた。垂直に浮き上がった死体の開いた腹から、臓物が雪崩のように零れ落ちる。
「ドスルの死体に触れないでください!」
チャーリーの身勝手な行動に、いつも冷静であるはずのロジンが声を荒げた。死体を持ち上げて仁王立ちするチャーリーのもとに走り出す。
「……なるほどな」チャーリーはロジンなど素知らぬ様子で無精ひげを撫でた。「だいたい分かった」
「現場を荒らさないでください。ドスルを下ろせと言ってるんだ!」
「この包帯はなんだ」
チャーリーが、死体の短い脚を指さして言った。
「だから——」
「小屋の中で転んで怪我したって、猪山先生が言ってました」
憤るロジンに代わって、私が入口で声を上げた。
「それは本当か?」
チャーリーが口角を上げて私を見る。
タイミングを見計らったかのように、両脚の包帯が粘着力を失ったように、はらりと床に落ちた。
「え……」
ロジンがそれを見て声を上げる。
包帯が巻かれていた部分、そこに転んだときにできる擦過傷のようなものは見当たらない。その代わり、銃弾くらいの大きさの二つ並んだ穴が、至る所に空いていた。
「なんだろう、これ」
私が機械に音声を打ち込む。
「針山で転べば、こんな痕になるだろうがな」
チャーリーが楽しそうに言った。
とにかくこの傷は、どう考えても擦り傷ではない。
——小屋の中で暴れたせいで怪我をしてしまったそうです。
あの猪山の言葉は、嘘だったのだろうか。
私が頭の中で考えを巡らせていると、チャーリーが興味を失くした様子で、死体を元の場所に放り投げた。
死体はぐちゃりと音を立てて潰れる。周辺には臓物やら肉片やらが飛び散っていて、もはや原型をとどめていなかった。
「オレはもう飽きた。今度こそ帰るぜ」
チャーリーは私の耳元でそう囁くと、小屋を出ていった。
「……酷いな。もうドスルって分からないよ」ロジンは塊を見下ろして呟いた。「でも、犯人を見つけなきゃ。千歳くん、いったん外に出よう」
そう提案して小屋を出たロジンは、すぐに裏に回った。
「何をする気?」
「今、いろんな人が犯人の場合を考えてる」
「うん」
「もちろん、君やニンジンくんが犯人の場合もね」
彼は私を振り向かずにそう言った。
「でも、私とニンジンは——」
「アリバイがある。それが偽装工作である可能性も考慮しなくてはいけない」ロジンは冷静に語る。「もちろん、僕はニンジンくんも千歳くんも犯人じゃないと思っているよ」
私を宥めるために言ったロジンの言葉は、確かに正しかった。だから私も大きく頷いた。
ロジンは小屋の長辺の部分まで歩くと、そこで上を見上げた。
「考慮しなくてはいけないのは、この換気扇の存在だよ」ロジンは上を指さす。「入口が閉まっていても、ここからなら入れる。そして犯行を終えたあとに、カモフラージュとしてあのラッチだけ破壊すれば、アリバイ工作が完成する」
ロジンの目は鋭かった。彼は備品倉庫から梯子を持ってくると、換気扇めがけて梯子をかけて登り始めた。
「何かあった?」
私が梯子を押さえながら声をかける。
「このファンにも、かなりの血が飛び散っているよ。ただ、このガードのネジはきつく閉まってる。ホコリも詰まっているし、しばらくの間、開けられてないね」
その言葉で、私の頭の中であの三人の姿がよみがえった。
ドッジ、ロケットヘッド、そしてマスク。
あの三人は確か、ドスルを救出する作戦を密かに企てていたはずだ。そして、ドスルを救い出す方法として、この換気扇からドスルを小屋から出すというものも挙げられていた。
今まで大事なことを忘れていた。あの作戦は結局、どうなってしまったのだろう。
梯子から降りてきたロジンは、なんとも言えない表情になっていた。
「これで千歳くんやニンジンくんがアリバイ工作を使ったという線は消えたね。ただ——」ロジンは顎に手を当てる。「何か、引っかかるんだ。どうやら、僕らは騙されているらしい」
そう頭を悩ます彼に、私はドッジたちの件を話そうとしたが、これ以上ロジンの労働を増やさないように、自分の中に閉じ込めておくことにした。
「騙されているって……?」
「いや、何でもないよ」
教室に戻る廊下。
ロジンは、何かに腑に落ちない様子で考え込んでいる。
「ふーん」
「……まあ、僕らが政府に騙され続けているっていうことは変わらないからね」ロジンは苦笑した。「プロパガンダに支配されている。大人は僕ら子供を見下しているんだ。あんなくだらない映画を見せて、僕らが『この国はすごい! 僕も命を賭して戦場で戦いたい!』なんて考えると思っているんだろうか」
おそらく、役人が私たちに観させたあのプロパガンダ映画のことを言っているのだろう。
——子供が、愛情を知っちゃうからだ。
昨夜のニンジンの言葉を思い出す。
戦争を礼賛させるために、プロパガンダを流し込む。子供が愛情を覚えないように、親のもとから引きはがす。
そんな単純な方法で子供が大人の思い通りに動くと思ったら、それは大間違いだ。子供はスイッチを押せばプログラム通りにはたらくロボットとは違うのだ。
そのとき、ロジンが突如足を止めた。
「どうしたの?」
「……そういうことだったのかもしれない」ロジンは小さい声でそう呟いた。「事件の真相がわかりそうだ」
「本当に?」
「図書室に行ってくるよ。確かめなきゃいけないことがある」
ロジンは踵を返すと、廊下を走っていった。
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