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「ドッジ」
ロジンを見送って教室に戻ると、私はドッジの名前を呼んだ。
「なんだよ」
机に顔を突っ伏していた彼は顔を上げると、こちらを不機嫌そうな顔で睨んだ。
「あの作戦はどうなったの?」
気になっていたことを訊ねると、ドッジは驚いたような顔をしたあと、すぐにその顔を歪めた。悔しそうに机を拳で叩く。
「オレは……ドスルを救えなかった。オレは、オレは……」
ドッジはそう言って再び顔を伏せた。私は訳が分からず、中途半端な表情で彼を眺める。
そこでロケットヘッドが歩いてきた。
「あれは仕方ないヨ」ドッジの肩を叩く。「事故だったんダ」
「事故って?」
私が訊くと、やはり彼も一度顔を顰めてから、言い訳を考えるように「あア……」と呟いた。
「昨夜の十二時ごろ、ぼくらは作戦通りドスルのいる小屋に向かっタ」彼は渋々というように語り始める。「作戦っていうのは、これはマスクが提案したんだけど、小さい人間の習性を利用したものダ」
そう言いながら、彼は木製の机を撫でた。
「習性って?」
私が促す。
「木製のものに噛み付きたがる習性ダ。図書室で見つけた本に書いてあったんだけど、野生の小さい人間がかつて木を齧って巣を作ってたかららしイ。それを利用する作戦を、マスクが提案してきたんダ。それが、ドスル釣り作戦ダ」
「うぅ……」
ドッジが呻き声を上げた。
「作戦決行のために、ぼくが予め釣竿を作っておいタ。
それを持って小屋に着いたら、寮の近くに落ちてた木片を針に刺して、ドッジが持ツ。マスクにはリールの先を持ったまま梯子で換気扇のところまで登って、ファンのスイッチを止めてから釣竿をガードの隙間から中に落としてもらウ。ぼくは離れたところで見張りをしてタ。
ドスルが木片に噛みついたら、上にいるマスクがそれを報告、それとともにドスルが釣竿を引いていク。
ドスルが吊り上がってきたら、マスクが備品倉庫から取ってきたドライバーで換気扇のガードを外し、ドスルを外に出ス」
文字通り、ドスルを釣る作戦か。
「なんで最初からガードを外しておかないの?」
「長時間ガードを外したままで、マスクがバランスを崩して小屋の中に落ちたらまずいからネ」
そしてつい先ほど、ロジンが換気扇を見ると、ガードは開けられた痕跡がなかった。
その事実が、昨夜何があったのかを物語っていた。
「作戦は、失敗したんだね」
「仕方がなかったってさ」そこでドッジが涙にまみれた顔を上げた。「昨夜は雨も降ってたし、暗くて周りがよく見えなかった。
途中まで作戦は順調だった。作戦決行から五分くらいが経って、ドスルが釣竿を噛んだって、マスクの声が聞こえた。だからオレは釣竿を引いた。
だけどそのとき、闇の中から聞こえてきたんだよ。治安維持部隊のサイレンがな。きっと山道をパトロールしてたんだ。
オレはそれでも作戦を続けようとした。でもロケットとマスクは逃げたがった。このままだとマスクがガードを外している間に奴らに見つかるって。ドスルの命よりもオレたちの命が大事だってさ。……だから仕方なく釣竿から手を離して……、オレは逃げた。ドスルを置いてな。きっとオレも、死ぬのが怖かったんだろうな。
でももしあのとき諦めてなかったら、あんな残忍な殺され方をしてなかったんだぜ。オレのせいだ」
私は気になってマスクを目で探した。
彼は退屈そうにイヤフォンを嵌めて、ミュージックプレイヤーを流している。
「あれは仕方がなかったんだっテ。最初から無理な作戦——」
「いや絶対上手くいってたんだよ!」ロケットヘッドの慰めは逆効果だったのか、ドッジは顔を真っ赤にして立ち上がった。「もう家族を失いたくなかったのに!」
「じゃあ救い出したとして、ドッジは本当に逃すつもりだったのカ?」
「当たり前だろ! 昨日が一番のチャンスだった。なぜか分かるか?
一日ずつみんなの部屋にドスルを泊めていたときは、きっと猪山はドスルが逃がされないか気もそぞろだったはずだ。GPSを常に確認してただろうな。でもその期間にドスルが逃走するような様子もなかった。そこで猪山は油断した。まさかドスルが死ぬ予定の前夜に逃がされるとは考えないだろ」
ドッジも彼なりによく計画を練っていたらしい。
確かにあの時点で逃がすことは可能だったのに、あえて逃がなかったのだから。
「話は戻るけど」私は二人の会話に割り込むように、機械に言葉を打ち込んだ。「その釣竿はどうしたの?」
「釣竿……?」ドッジは首を傾げた。「オレはそのまま寮に逃げたから。お前持って帰ったか?」
ロケットヘッドに確認したが、彼は首を振った。
「ぼくもドッジのすぐ後に帰ったナ。マスクが持って帰ったんじゃないカ?」
「そっか、じゃあ——」
ドッジがマスクに目を向けたとき、教室のドアが開き、ロジンがゆっくりと入ってきた。
いつもと違う雰囲気をまとった彼に、皆が注目を集めた。
「お待たせしたね」
ロジンはそう苦笑してから、教卓に立った。
「何してたの?」
アミが訊く。
「事件の謎を解くために、調べものをしてただけだよ」
「ってことは——」ドッジが身を乗り出す。「謎が解けたってことか?」
「ああ」ロジンはいろんな感情が詰まった表情で、ゆっくりと頷いた。「事件の真相が分かった」
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