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ロジンがその言葉を言ったとき、教室がしんと鎮まった。誰もが彼の言うことに耳を傍立てる。
「僕はドスル、そして今は亡き助手のジョウを弔うために、この事件の真相を暴くことに決めた」ロジンは悲し気に明後日の方向を向いた。「そして、ついに僕は真実のカギを見つけた」
「それで、犯人は誰なの?」
アミが急かす。
ロジンはアミを一瞥すると、ふっと笑った。
「この事件を推理するにあたって、僕が着目したのは犯人の動機だよ。なぜ、犯人はドスルを殺さなければならなかったのか。そこで確認しておきたいのは、僕ら児童にドスルを殺すメリットがないということだ」ロジンは教卓の周りをゆっくりと歩き出す。「なぜならご存じの通り、ドスルは今日死ぬはずだったからね。犯人がわざわざ殺さずとも、ドスルは殺されることになっていたわけだよ。
そしてその事実は、おそらく学校関係者全員が知っていたことだ。しかしながら、凶器に使われたものからして、犯人は学校関係者でなければあり得ない、というのも先ほど説明したね。
この相反する客観的事実を、どう解決するのか。それがこの事件を解くにあたってカギとなる部分だった。僕がこれらの情報から導き出した事実は、こうだ。
ドスルは、自殺だった——」
「は?」
ドッジが声を上げる。
「え? どういうこと⁉」
アミが叫んだ。
私にとっても、それはとても受け入れがたい事実だった。
いつもは冷静沈着で頭脳明晰のロジンも、ついに狂ったかと疑ってしまいそうになる。
「……それって、どういうことなの?」
ピノが不安そうに訊いた。
「説明する」ロジンは両腕を広げて語りだす。「注目すべきは、ドスルの両脚にあった傷だ。君たちは猪山先生から、これは転んだときにできた傷だと説明された。けど、実際に包帯を捲ってみると、擦過傷らしきものはなく、代わりに弾丸のような大きさの傷が二つ並んだ穴がいくつも並んでいた。とても転んだときにできる傷だとは思えない。
どうやら僕らは、猪山先生に騙されていたみたいだね」
教室に静かな緊張が走る。猪山という存在を今までに疑ったことがない人は、この空間にはいないだろう。その猪山の名前が出てきて、誰もが動揺し出した。
「そ、それで?」
ドッジが息を荒くして先を促す。
「あの傷は、僕には咬み傷に見えた。動物がドスルの脚を噛んだんだよ。でもどうしてだろう。そこで思い出したのが、ネコヤマくんとドッジくんに懐いていた動物が、何者かによって殺害された事件だ。さらに、猪山先生の前の職業がハルキ研究所の科学者だったという噂も同時に思い出した。そしてこの二つの情報が、見事につながった」
——科学者だよ。し、しかも、ハルキ研究所だよ。
訓練中のニンジンが言った言葉が、脳裏をよぎる。
ハルキ研究所、倫理観を欠如した研究を行っていて、かつて社会問題にもなった研究機関——。
「チュー太郎……」
落ち込むドッジの肩を、ロケットヘッドが叩いた。
ネコヤマは、もういないか。
「僕は考えた。元科学者の猪山先生が、ドスルを使って実験を行っていたんじゃないか、とね」
「実験……?」
私は心の中で呟く。そこで小さい人間の生態を思い出し、嫌な予感がした。
そこでロジンは分厚い本をこちらに見せた。
「〝小さい人間の研究〟、この本によると、小さい人間は特殊な消化方法を行う。
三日間かけて行うため、食事は三日に一回。一方で、毒を摂取した際は体全体に蓄える性質がある——」そうか、やっぱり。ロジンは続ける。「想像してみたまえ。もし、僕らが日常的に与えていたドスルのエサに、毒が入れられていたとしたら?」
「何が言いたいんだよ」
ドスルが勢い良く立ち上がる。
「ドスルは猪山先生の実験台にされていた。小さい人間は、いったいどのように毒を蓄えるのか。その実験の痕跡が、あの脚の傷だよ。猪山先生は実験台になりそうな動物を盗んできて、ドスルの脚を噛ませたんだ。ドスルの脚を噛んだ動物は死ぬ。そして、実験が成功したことを確認した」
——この二匹が同時に病死したとは考えにくいから、これが人の手によるものであることは確実だろうね。外傷がないことからして、毒殺かな。
あのときの、ロジンの言葉。
ああ、だから二匹は毒殺だったのか。
「でも、なんで猪山先生はそんな実験を?」
なるべく訊かないでほしかった質問を、ピノがした。
「まだ気づかないのかい?」ロジンは珍しく嘲るようにそう言った。「体に毒をまとったドスルは、その後どうされることになっていたか」
「オレたちが……食おうとしてた」
ドッジの言葉に、その場の空気が揺れた。
皆が、その真相にたどり着いてしまった。
「分かっただろう。猪山先生は、毒を帯びたドスルを食べさせることで、僕ら全員を殺そうとしていた。
命の大切さを学ぶ授業と謳っていたこの教育課程は、ただ僕らを皆殺しするための計画だったんだよ」
「……信じられない」
アミが放心状態で呟く。
——小さい人間とのふれあいで、命の大切さは学べていますか。
その言葉を放ったときの猪山の笑顔が蘇る。
その胸の内にあったのは、決して善良な道徳心ではなかったらしい。
「なぜ猪山先生が僕らを殺そうとしたのか、に関しては、そう簡単に理解できるものではないから、僕にも説明はできない。唯一言えることは、猪山先生が人を殺すのを厭わない人間だったってことだけだ。
話を続けるよ。小屋のカギの関係から、秘密の実験が行われていたのはおそらく朝、事務員がドスルを迎えてから僕らが教室に来る前の間だろう。包帯を巻かれたドスルを初めて見たのも、朝だったしね。
さて、マッドサイエンティストに実験台にされていたドスルも、やすやすと実験に応じるほど馬鹿じゃなかったらしい。
自分の脚を噛んだ動物が様子をおかしくして死ぬのを目の当たりにしていたドスルは、どうやら自分の体が毒を帯びているらしいことに気づき始めた。
しかしもうすぐ、クラスメイトのみんなが自分を食べようとしている。それは全員の死を意味していることに、ドスルは気づいていた。でもそれをみんなに伝えようにも、うまく伝えることができない。伝えたとしても、それは死にたくない言い訳としかとらえられなかっただろうしね。
だからドスルは、何とか阻止をするために、自ら死ぬ道を選んだんだ。
ドスルは、僕らの命を守ったんだ」
「……そうだったのかよ、くそっ」
ドッジはその場に崩れた。
何人かの児童は、ドスルの優しさに心打たれたのか、嗚咽を始めた。
そんな中で、またしてもアミが声を上げる。
「でも、自殺って考えると色々とおかしいよ」
「そうだね。たとえば凶器の件。凶器は調理室にあった包丁だった。普通に考えてドスルがそれを選んだようには思えないけれど、理論上は可能だよ。
なぜなら、金曜日の調理実習にドスルは参加していたからね。そのタイミングでドスルが包丁を盗んだと考えれば、不可能な話ではない」
——また、家庭科の先生の許可の下、特別にドスルも調理室に来ていいことになった。
確かに、ドスルには包丁を盗むチャンスがあった。
「でも、小屋に落ちていたのは包丁の破片だけで、本体はどこにもなかったでしょ」
朝に現場を見たのか、アミが鋭い指摘をする。
ロジンは頷いた。
「確かに、現場に凶器は落ちていなかった。ならば誰かが回収したと考えるしかないだろうね。凶器を回収するチャンスがあったのは、第一発見者の小野ユウイチさんだ。そもそも、ドスルは自殺をしたのにドアのラッチが破壊されていた、というのもおかしい。けど、小野さんが死体発見後に工作したのだと考えれば腑に落ちる」
「何のために?」
「騒動を大きくするためだろうね。小野さんがドスルを気に入っていたことは、確かだろう。
小野さんは朝、小屋でドスルが自殺しているのを発見した。
密室の中で包丁を握って死んだ死体があれば、これを見た誰もが自殺だと考える。でも、自殺として処理されるよりも、殺害事件と判断された方が事態は深刻になり、なぜドスルが死んだのかが深く調査される可能性が高い。
そう考えた小野さんは、現場から凶器を回収し、ドアのラッチを破壊した。大切なトモダチのためにね」
しかし実際はどうだろう。
当の小野ユウイチはチャーリーによってあっけなく殺されたし、この事件はいまだ学校内に終始している。
そこで私ははたと思いついて、機械に文字を打ち込む。
「ドスルが、体中傷だらけだったのはどうして?」
「それも、事務員の仕業?」
アミが続く。
「いや、ドスルの死後に事務員が傷をつけたとしても、あんなに血は飛ばないはずだよ。ならば、ドスル自身が傷をつけたと考えるしかないだろうね」ロジンは頷く。「そもそもなぜドスルが自殺という行為の存在を知ったのか、というのも疑問点の一つだった。そこで思い当たる節があった。
政府の役人たちがやってきて、僕らに映画を見せたときのことだ。あの映画には、切腹するシーンがあった。そしてそれをドスルも見ていた。自ら命を絶つ、という行為の存在を覚えたのは、おそらくこのときだ。
しかもあの切腹シーンには介錯も含まれていた。そこできっとドスルは勘違いをしてしまったんだ。自殺をするには頭部を破壊しなければならないのだと……」
「……」
——昼食後は、今度は頭の硬そうな役人が現れて、視聴覚室で自国の歴史を賛美するかのような安っぽい映画を観せられた。特に軍人が腹を切り介錯されるシーンもそのまま映っていたので、私にとっては見るに堪えない映像であった。
なるほど、そういうことだったのか。私は密かに納得した。
「全身に傷があったのは、自殺の方法を体のいろんなところを切り刻みながら探っていたから。そして特に顔に深い傷がいくつも刻んであったのは、ドスルなりの介錯だったんだ」
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