モノローグⅠ

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 オレは、隔離された部屋の中で生まれた。  すぐに親の元から引きはがされ、生まれたばかりの個体が集まる窮屈な部屋でしばらくの間過ごした。  そこは一面がガラス張りになっていて、ガラスの奥に大勢の人間が集ってオレたちを観察している。  まさに見世物状態だった。  そのときのオレはまだ屈辱という感情を知らず、ただ壁に開いた丸い穴から次々と差し出されるに一心不乱にしゃぶりついていた。  人間はその様子を見て、馬鹿みたいに黄色い声を上げていた。  ただ、日中ほとんど人目に晒されること以外は、申し分のない快適な生活を送っていた。  ストレスもなく、木片をしゃぶり、ひたすら仲間と遊ぶ日々。それが永遠に続くのだと、そのときは思っていた。  だけど一年ほどが過ぎたとき、突如全身を防護服で覆った人たちが現れ、オレはその部屋から追い出された。  オレはいきなりのことで驚いて、両腕を掴まれて宙に浮いた短い脚を必死にばたつかせた。  両側の人間の顔には、何も浮かんでいなかった。    様子がおかしい。いつもと自分の扱い方が違う。今まではもっと、割れ物を扱うように接していたはずなのに。  人間は真っ白い廊下を進んだ。  見れば、オレの前にも、おそらく後ろにも人間はいた。いずれも、オレのトモダチを運んでいるようだった。  目の前に扉が現れる。  右側の人間が穴にカギを差し込んで、開錠した。 その先にあったのは、薄暗く広い空間だった。  真ん中を横切る通路の左右に、立方体のケージが縦横無尽に積み上げられている。そのケージの一つに、オレはぶち込まれた。  檻の中は、当然ながら窮屈だった。人間がギリギリ立てる程度の高さしかない、そして一往復するのに須臾ほども要さない奥行。  人間はオレをここに閉じ込めると、檻の扉にカギをかけて何食わぬ顔で梯子を降りて行った。  逃げられる。  そう思ったオレは慌てて、扉の格子を掴んで揺さぶった。案の定、扉が開く様子はない。  薄闇の中、そこかしこでオレのトモダチが同じようにケージに入れられている音が聞こえた。  閉じ込められた。  なぜ、こんなところに?  ここは、どこなんだ?  「」  暗い景色に呆然としていたとき、背後から聞きなれた日本語が聞こえてきた。  オレは驚いて、ほとんど跳ぶような調子で振り返る。  同じケージの中で、トモダチが短い脚を伸ばして座り込んでいる。ずっといたはずなのに、暗闇の中で気づかなかった。  トモダチは達観しているような目で、オレを見ていた。  「レッドッテ……ナニ?」  オレも、何となくの日本語で意思疎通を図ろうとする。  「お前の、ズボンの色だ。ここにいる奴らは、識別のためにそれぞれ違う色のズボンを穿かされている。お前はレッド。ワタシはブルー」  ブルー。  目が闇に慣れてきたのか、トモダチの姿がはっきりと映った。確かに、裸の上半身で、青色のズボンを穿かされている。  一方のオレは、言われた通り赤色のズボンを穿いていた。  「ワカッタ、トモダチ」  「お前が、今日から同居人らしいな」  ブルーは流暢な日本語を喋った。  「ナンデシャベラレル?」  「人間の会話を聞きながら、何となく喋れるようになった。奴らは気付いていないがな」ブルーはふっと笑うと、脚を器用に操って立ち上がった。「どうだ、レッド。驚いただろう、いきなりここに連れてこられて。ここからが、小さい人間の始まりだ」  「チイサイニンゲン」  その単語は、何となく聞いたことがあった。  「人間は、ワタシたちをそう呼んでいる」  ブルーは、人間界にかなり精通しているらしかった。  「ココドコ?」  オレは矢も楯もたまらず、鉄格子を指さして訊いた。  「。人間はそう呼んでいる」ブルーはすぐに答えた。「ここは入口の近くだから分からないだろうが、ケージの列は延々と続いている。そして各ケージに二体ずつ、小さい人間が閉じ込められている」  周りが騒がしくなってきた。  鉄格子を揺らす音が、至る所で響いている。  「ナンノタメ?」  「分からない」オレは落胆した。しかしそこでブルーは、目を光らせた。「ただ、これはあくまで私見だが、ワタシたちは人間の食糧らしい」  「ショクリョウ?」  「食べられるんだよ」  ブルーの言っていることが、まったく理解できなかった。  食べられる?   今まであれほど丁寧に世話をしてくれた、親同然の存在であったはずなのに。にわかに信じがたいことだった。  「……」  「人間たちの会話から鑑みると、ワタシたちは人間に食べられる運命にある」ブルーはゆっくりと、語り始めた。「実はレッドがここに来るまで、同居人は五回変わっている。かつての同居人は、朝起きたら連れ去られていて、帰ってこなかった。おそらく、〝出荷〟されたんだろう」  「シヌ?」  「ああ」  「ブルーワ?」  「ワタシもいつ出荷されるか分からないな。まだ出荷できる条件に達していないのかもしれない。このまま一生、出荷されない気もするよ」  まだ幼かったオレの目にも、ブルーの顔はかなりやつれているように見えた。ケージに閉じ込められ続けていることで、気が鬱いでいるのだろう。  とにかく、ブルーから生まれ育った故郷の真実を知って、オレは計り知れない衝撃を受けた。  オレが生まれ、トモダチと育ってきたこの場所は、オレたちを食料品として育てるための施設だったのだ。  オレは絶望の淵に落とされた。  だけどその一瞬で、オレは固く決意した。  いつか必ず、この施設から出てやる、と。  もちろんそれは、〝出荷〟される身としてではなく、他でもない〝脱走〟を意味していた。
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