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今年も、お盆の時期が来た。
特に親戚付き合いもなく、お盆だからといって特別な事は特にない。
県外で働いている息子の秀太が帰ってくるなら焼肉でもしようかと考えていたが、仕事の都合で帰省出来ないと連絡があったので簡単な食事で済まそうと思っている。
うちには仏壇などはないが、お盆が来るとお菓子や線香を用意する。
窓を開けると台風が近づいている影響なのか、入り込んだ風が大きくカーテンを揺らした。
「葉奈ちゃん、おかえり。
雨ひどくて大変だったね」
白いレースで縁どった、お気に入りの巾着袋の中の小さな御骨に話しかける。
線香を半分に折り、火をつける。
どこか懐かしい香りを放ちながら、ゆらゆらと白い煙が立ち昇る。
目をつむりながら、手を合わせる。
産まれてすぐに亡くなってしまった葉奈ちゃん。
早く産まれ過ぎたのが原因だった。
小さな体に、たくさんチューブを繋げられていて、唯一触れるのは手先だけ。
ようやく抱っこ出来たのは、呼吸が止まり、全てのチューブを外してからだった。
私を選んで来てくれたのに救ってやれなかった命。
ずっとずっと自分を責めてる。
過去に戻れるなら、ありとあらゆる方法を駆使して、葉奈ちゃんを助けたい。
葉奈ちゃんに、逢いたい。
先日、とある噂を耳にした。
〇〇市の山のふもとにある、運動公園。
アスレチック風の子供用の遊具が豊富に設置してあるが、車でしか行けないような場所にあるため子供だけで行くのは難しいだろう。
土日の昼間は、たくさんの家族連れで賑わうが平日や夕方になると、ほとんど人けはない。
夜ともなれば、人っ子一人いなくなるような、そんな場所。
その公園には、ある噂がある。
黄昏時に行くと、稀にだが亡くなった人に再会できる人がいるというのだ。
そんな事が現実にあるとは到底思えないが、100%否定もできない。
人は、本当に困り果てると神社やお寺に行く。
普段は神様など信じていない人でも、手を合わせて祈りだす。
人は、人間の力が及ばない変化を望む時、藁をも掴む思いで神頼みをするのだ。
私も、そんな人間の一人。
信念があるようでない、ただの弱い人間。
今は、お盆。
葉奈ちゃんに逢える絶好のチャンスかもしれない。
運動公園に行こう。
そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
時計が17時をまわった頃、私は、はやる気持ちを抑えて車の鍵を握りしめると山の運動公園に向かった。
渋滞気味の道を走り続け、ようやく運動公園の駐車場に着いた。
駐車場には帰り支度をしている家族連れが数組いたが、すでに閑散とし始めていた。
アスレチック器具のある場所に続く坂道を、一人登っていく。
薄暗くなった山道を歩いていると少し不安になり、街灯を見上げた。
ポツポツと設置されている街灯には、まだ光は灯っていない。
とりあえず、子供が好きそうな遊具のある場所に行こう。
そこで、葉奈ちゃんを待とうと思ってる。
しばらく歩くと、ようやく大きな遊具が見えてきた。
早足で歩いたせいか息切れが激しい。
呼吸を整えながら、ベンチを探す。
奥の方に大きめの砂場があり、その手前に木のベンチがあるのが見えた。
足早にベンチに向かい、
「よいしょ」と腰をおろした。
何気なく砂場に目をやると、誰もいなくなった砂場で女の子が一人で遊んでいる。
歳の頃は、5歳ほどか。
下を向き、両手で砂をかき集めている。
迷子なのだろうかと周りを見渡したが、母親らしき人物は見当たらない。
母親どころか、私とこの女の子以外、誰もいないのだ。
思いきって、女の子に声をかけてみた。
「あのね、誰と来たの?
お母さんは?」
女の子は、顔を上げて話し出した。
「お母さん?
どこにいるか分からない。
一人で来たもん」
楽しそうに笑顔で話す女の子の顔を見て、私は心底驚いた。
息子の秀太の幼い頃に、瓜二つだったからだ。
秀太よりも、鼻が少し高い顔立ち。
別れた夫の鼻形によく似ていた。
私は、動揺した。
この子が、一人でここまで来たってありえない事じゃないか?
どこかに親がいるのか?
でも、こんな薄暗い公園で、こんな幼子を一人で遊ばせるなんて考えられない。
何より、この子の顔は何で秀太とそっくりなの?
ありえないけど、まさか、まさか…。
その時、スマホが鳴り出した。
秀太からだった。
「明日、休み取れたから日帰りになるけど顔出すよ」
私は、どもりそうになりながら、今、運動公園にいる事、暗い中、子供が一人でいる事などをまくし立てるように話した。
ふと我に返り砂場の方を見ると、あの女の子がいなくなっていた。
えっ?
どこに行ったの?
急いで電話を切り、探したがどこにもいない。
この一瞬で、そんな遠くに行けるはずもないし、誰かが迎えに来た気配もなかった。
私は、頭の中が真っ白になった。
何が起こったのだろう。
幻覚を見たのか、親が連れて帰ったのか。
呆然となりながら、私は砂場にしゃがむと女の子が触っていた砂を両手ですくった。
それは、ほのかに温かく、まるで女の子の手の温もりが残っているようだった。
ポロポロと涙があふれる。
「葉奈...ちゃん...」
その時、再びスマホが鳴り出した。
「お母さん、大丈夫?」
秀太の、心配そうな声が聞こえた。
鼻水をすすりながら、私は答えた。
「うんうん、大丈夫よ。
今、幸せな気持ちに浸っていたところ。
もう帰る。
心配しなくていいから。」
気付くと、街灯が灯り、帰り道を照らしている。
「もう、帰りなさい」と誰かが言ってる気がした。
私は両手の砂を落とすと、手を合わせた。
「葉奈ちゃん、逢いに来てくれたんだよね。
ありがとう。
いつか天国で逢えたら、もう一度、抱っこさせてね」
翌日、私は子供用のスコップとバケツを買って、お菓子の横にお供えした。
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