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はじめましてはスコーンの香りとともに
ラスボス直前の安地でアイテム売ってる行商人ポジのモブだけど、なぜだかそのラスボスと毎日仲良くティータイムをしています!
ってわけなんだけど。
冷静に考えてやばいだろ、ってなったから話を聞いて欲しい。
俺のスペックとしては、20歳で男。職業は行商人。
体格は普通。顔も普通。髪型も普通。服装も普通。性格も至って普通。
職場は、魔王がいるっていう、所謂『ラストダンジョン』内にある、魔王がいる部屋の隣の小部屋(安地)。
ちなみに俺の住んでる世界を知らない奴のために三行でこの世界を説明するならば、
The
王道
ファンタジー
だ。
……おっと。しまった。三行じゃなくて単語3つで説明できてしまった。
まあ、そんなシンプルイズベストな場所が俺の生きる世界だ。
もちろんファンタジー世界ってやつのセオリーどおり、ここには、最恐で最強かつ最悪の魔王ってやつが存在する。そいつがわんさか魔物を従えて世界を滅ぼそうとしてるから、いつか選ばれし勇者さまがこの世界に召喚されて、魔王を倒してくださるのじゃ!
──ってのは、産まれた時から頭のてっぺんから足の爪先の細胞まで染み付くくらい何度も聞かされる、この世界の古い言い伝え。
………………そのはず、なんだけど。
いま俺の目の前に居る男が、まさにその魔王なはずなんですがね、って話なんですけど。
「ふんふんふ~ん」
その最強最悪の魔王ときたら、ただいまご機嫌な鼻歌にあわせてトカゲみたいな真っ黒の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、エプロン姿でクッキングタイムだったりする。
ちなみに片手にミトン、片手にトング。
魔鎧ではなく、エプロン。魔剣ではなく、ミトン。魔盾ではなく、トング。
料理する時に着用するアレと、熱いものを掴む時に使うアレと、ものを挟む時に使う銀色のアレだ。
装備したときの効果は、洋服が汚れない、火傷しない。最後のは持ったらついカチカチ鳴らしちゃう結果、惣菜とかパンとか威嚇できちゃう、っていうアイテムだ。
エプロンとミトンとトングを装備したトカゲの尻尾男こと魔王のスペックとしては、自称525歳。職業はこれまた自称最強かつ最悪の魔王。
体格は高身長なうえに手足は長くて細い。顔は整いすぎてて最早ギリシャ彫刻もビックリ仰天なレベル。髪は血みたいな赤のツヤサラロング。それをいまは首の後ろあたりでひとまとめにしている。
そんな彼が勤務する職場は、魔王がいるラストダンジョンの最深部にある魔王の玉座がある部屋。つまり俺の小部屋(安地)の隣。
そんなハイスペックな自称魔王が俺の目の前でなにをしているかといえば、ルンルンでオーブンの覗き窓を覗きこみなから、焼き上がりの時をいまかいまかと待ちわびていた。
なにを、といえばスコーンを。
人間でも魔物でもなく、スコーンを。
いまこの世界で最強最悪の魔王さまは、焼き菓子を焼いておられます。
「もうすぐ焼き上がりだから、まってね。ギーくん」
ある日突然魔法の力で部屋に作られた最新式オーブンの中では、スコーンがふくふくと膨らんで、表面がカリッと焼けていくのが見えている。
ふわふわと漂う小麦の焼けるいい匂いに、俺の腹の虫が騒ぎだす。
ちなみに『ギーくん』とは俺の愛称だ。
俺の職業が行商人だから、その頭文字をとって、ギー。安直だけれど、ネームレスモブとしては個人をあらわす名を貰えるのは有難いことだ。たとえそれが魔王でもか、と言われれば、言葉につまるが。
「……? ……あれ? なんだか今日は一段といい匂いですねぇ、魔王さん」
「おや。わかるかい? 今日はね、紅茶のスコーンなんだ。ギーくんは紅茶が好きでしょう?」
「はい! 好きです! とくに魔王さんのいれてくれる紅茶が1番好きですね~……」
…………………………………………って! ちがァァァァう!!
違和感仕事して!!
思わず心のなかでツッコミを入れて勢いよく机に伏した俺に、魔王さんがオーブンからこちらに向き直った気配がした。
「ふふっ。君は今日もとっても元気だねえ」
「いや、その、あのですね……」
「えっ。元気じゃないの? 大変だ! 今日のお茶会は中止にしよう。すぐに寝なきゃ!」
「そんなことないです! すごく! とっても! 元気です!」
スコーンが食べたいあまり、食い気味に返事をした俺に、魔王さんは微笑する。
「よかった。じゃあもう少し待ってておくれ」
「はーい」
俺はただいま絶賛この世界を脅かすラスボスとのアフタヌーンティータイム開始待ちだ。
この部屋の主は、いつもの職場であるひときわ豪奢な玉座から降り、その前にセッティングした豪奢な椅子とテーブルに置かれた煌びやかなティーセットに並ぶ軽食のうちの最後のひとつであるスコーンの焼き上がりを待っている。
俺はと言われれば、その焼き上がりを食べるために、椅子に座って既に出来上がった菓子をつまみつつ、魔王謹製焼き立てスコーンのサーブ待ちだったりする。
「お。焼けたかな?」
魔王さんがすぐといった通り、軽快な焼き上がりの音がした。
長身の男はゆっくりとオーブンをあけると、慣れた手つきで火の通りを確かめる。
「うむ。いい感じだ!」
「わあ! やったあ!」
だから、やったあ! じゃねぇよ、俺のお馬鹿。
鉄板を持ってご満悦の魔王さんを見ながら、反射的に喜びの声をあげた己にツッコミをいれる。
だからさあ。なんなのこれ。どんな状況なの、コレ。
魔王が最新式オーブンでスコーンを焼いてる。
エプロンつけて、ミトンつけて、トングもってる。
違和感しか仕事してない。
違和感しか仕事するはずがない。
しかし、なぜか毎日開催されるティータイム。
そして、なぜか毎日誘われるティータイム。
魔王自ら俺がいる小部屋を訪ねてきて「お茶しましょー!」と誘ってくる。
俺みたいなネームレスのモブには魔王からの誘いを断る力なんかない。ならば従うしかないではないか。だって、勇者さま御一行の最後の休息所であり補給所を奪われるわけにはいかないのだから。それが俺の仕事なのだから。
ちなみに最近は喜んでおよばれしているのは、まったくの気の所為である。
だって俺は、勇者さま御一行に魔王討伐戦のために最後のアイテムを売る行商人なので。
勇者サイドの人間なので!
「さて。今日もじょうずに焼けたよ。クロテッドクリームも作ったから、たーっぷりつけて食べてくれたまえ」
ふわりと紅茶の香り漂う焼き菓子と、ココットから溢れるほどに盛り付けられた濃厚なクリームに、思考に引っ張られていたはずの俺の目が輝く。
「やったあ! いっぱい食べますー!」
違和感仕事終了のお知らせ。
違和感より食欲。
なんせ魔王さんのスイーツは世界一なんだから。
「さあさあ。あたたかいうちに召し上がれ~」
にこにこと微笑む魔王さんとともに手を合わせる。
「いただきま……」
「ここにいるのか魔王ォ!!!!」
「ついに追い詰めたぞッッ!!!!」
「大人しくしな!!!!」
和やかな空気を裂くように、扉の開くけたたましい音と複数名の怒鳴り声がした。
一瞬で部屋中に緊張が走った──
『──Cendres』
──かに見えた。
ぼそり、と魔王さんが単語をひとつ呟いた瞬間、がしゃんという音とともに勇者達御一行が消えた。
彼らがいた場所には鎧や防具だけが落ちている。
突如現れた闖入者に、俺が焼きたてほかほかスコーンをどうしたものかと迷う暇などなかった。
魔王さんの魔法ひとつで闖入者は一瞬にして消え去っていたからだ。
どう消えたかは……まぁ、お察しってやつだ。
「私とギーのティータイムを邪魔するやつは許さない」
絶対零度みたいな声を出した魔王さんをチラッと盗み見れば、ひと睨みで何でも殺せそうな表情をしていた。
しばらくブツブツと呟いていたけど、俺の視線に気づいたようで、ほにゃ、と花が咲くように笑う。
「おやおや。ギーくん。挨拶をいい切る前にスコーンに齧り付いただろう? クリームがほっぺについているよ」
そう言いながら長い指と長い爪で俺の頬にふれると、すくいとるようにクリームが回収される。
当然のようにその指をべろりと舐めとった魔王さんが、長い舌を口内に収納しつつ、
「おいしいかい?」
と笑った。
「もちろん!」
「それはよかった。ねぇ、ギーくん。明日のティータイムは何が食べたい? ギーくんの好きなものならなんでも作ってあげるよ!」
「なんでも?」
「ああ、なんでもいいたまえ! なにせ私に不可能はないのだから」
「じゃあ明日はアップルパイがいいです」
「うむ! まかせておきたまえ!」
魔王さんは胸を張りつつ、サムズアップした。
「でもね、魔王さん、ひとつだけいいですか?」
「なぁに?」
「俺が仕事をする前に勇者さま御一行を消しちゃうのは営業妨害です」
「………………だって、焼きたてのスコーンが冷めてしまうじゃないか」
「魔王さんのスコーンは冷めても美味しいですから、つぎは消すまえに仕事させてくださいね」
「……………………うむ。でも前に君に言われた通りあいつらが持っていたアイテムは全部そのままだ! 灰塵にしなかったぞ! えらいだろ!」
「たしかに。それはさすがですね、魔王さん! よっ! やればできる魔王!」
「はっはっは! そうだろう! そうだろう!」
2人分の笑い声が部屋に響き渡ったあと、和やかにティータイムが再開される。
俺はラスボス直前の安地でアイテム売ってる行商人ポジのモブだけど、なぜだかそのラスボスと毎日仲良くティータイムをしています!
どうやら明日のティータイムは、魔王さん特製のアップルパイなことだけは決定事項です。
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