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地獄の統治者
パチパチパチパチ……。
乾いた音がした。見ると、マサオミ様のすぐ後ろに豪奢な衣装を身に纏った男が立っており、場にそぐわない拍手をしていた。
「なっ……!?」
マサオミ様と隣に居たイサハヤ殿がギョッとして刀を構えた。大将二人が察知できずに背後を取られてしまうとは。
只者ではないそいつは拍手を止めて、今度は褒め言葉を投げて来た。
「お見事ですエナミ。よくぞ幼少期のトラウマを克服しました。お仲間の皆さんの絆も素晴らしかった」
は? 何であいつ俺の名前を知っているんだ? そしていつからそこに居た? シキが逃げた後に見回した時は気付かなかったぞ。
「あ、ヤベェ……」
ミユウが何やら呟き、鎧姿から女装姿に戻った。本当にこいつの身体はどうなっているんだか。
マサオミ様とイサハヤ殿は謎の男と対峙した。
「俺としたことがこんな傍まで接近を許すとはな。おまえさん、何者だい?」
マサオミ様の問いかけに、男は柔らかな笑みと共に答えた。
「そこに居るオトコオンナの主人です」
指を差されたミユウが慌てて男の元へ駆け寄った。
「主様! このような所までご足労様でした。皆様、すぐに武器をおしまいなさい!」
ミユウは胸を張って声も張り上げた。
「こちらにおわすお方こそ我が主にして地獄の統治者、この世界で最も尊いお方ですのよぉ!!」
「!?」
地獄の統治者!? この男が!?
草原に居た俺達全員の視線が統治者とされる男に注がれた。
「あまりジロジロ見るんじゃないですわ! 不敬でしてよ!」
「あなたの紹介の仕方では注目を浴びるのも当然でしょう」
統治者は呆れ顔でミユウを批判した。ミユウは作り笑いで統治者にゴマをすった。
「主様におかれましては、本日もご尊顔麗しく。ところでいつからこの第一階層に?」
「今朝早くですよこの薄ら馬鹿。あなたは自分の職務というものを理解していますか?」
「もちろんですわ! 主様の目として彼らの一挙手一投足を観察しておりますの。好きな相手のタイプから、身体のホクロの位置と数までバッチリですわ!」
ヒッ。そんな所まで見られていたのか? 俺達は一斉に自分の軍服が乱れていないか確認した。アオイが冷ややかな眼差しをミユウに向けている。
統治者は盛大に溜め息を吐いた。
「観察と報告はセットなんですよ。ホクロについての情報を提示されても困りますけどね。あなたが報告に来ないから、案内人の頭の中を覗くという強硬手段に出てしまったじゃないですか」
案内人の頭の中……。今朝の鳥の様子がおかしかったのはそのせいか! ミズキの方を見ると彼も察したようで頷いた。
そうだな、地獄を統べる者が管理人の仮面を造ったんだ。仮面と似た力を使えるのも当然だ。
俺にピッタリくっ付いたままのセイヤが囁いた。
「地獄の統治者っていうから身構えたけど……、案外優しそうな人みたいだな」
丁寧な対応を取る統治者を見て、セイヤは素直に良い人だと感じたようだ。
しかし本当にそうなのだろうか? 彼は父さんやマホ様、更には年若いマヒトを管理人に選んで重い業を背負わせた人物だ。
そして何よりも得体が知れない。この世界を治めて神器を造り出す能力を有している。禁忌を犯した案内人の存在そのものを抹消することもできる。
「あなた方、いい加減に武器を収めなさい!」
「構いません。お好きなように」
マサオミ様とイサハヤ殿は刀をしまえないでいた。統治者の危険性を本能で感じているからだろう。そしてきっとこうも思っている。決してこの相手には勝てない、と。
「でもまぁ、ミユウの職務怠慢のおかげで、こうして久し振りに第一階層を見回れたから良しとしますか。やはり自分自身の目で見ないと判らないことも多いですから」
「怪我の功名というやつですわね!」
「あなたは黙っていなさい。あと少し離れなさい。香水の匂いがキツイです」
統治者は手をヒラヒラ振ってミユウを追い払った。
「エナミ」
そして俺を名指しした。急なことで俺の身体はビクッと固まった。
「こちらへ来て、近くで顔を見せて下さい」
ええ? 何で俺の顔を? まごつく俺をミユウが急かした。
「主様の御前にいらっしゃい! 早く!」
彼の傍に? 統治者は微笑んでいる。この流れでは行くしかないか。力の差が有り過ぎて抵抗しても無駄だろう。
俺はセイヤを離してから、心配そうなミズキの横を通り過ぎて統治者の前まで行った。イサハヤ殿が俺を庇うようにすぐ隣に立ってくれた。
「ふふ、取って喰うつもりは有りませんからあまり怖がらないで」
緊張しているのを見透かされたようだ。だが仕方が無い。地獄の王が目の前に居るんだぞ?
「……なるほど、強い魂ですね。良くも悪くも周囲を引き付ける力が有る」
黄金色の瞳で統治者は俺の顔を覗き込んだ。その瞳の中に吸い込まれそうな気分になる。
「性質はどうなのでしょうね? ちょっとだけ、ごめんなさいね」
何故か謝罪した統治者の身体が光に包まれた。ミユウが変身した時よりも眩しさは少ない。しかしその光は広範囲に届いた。
「うっ……?」
「はぁっ……」
隣に居たイサハヤ殿を始め、仲間達が次々と膝を折ってその場にうずくまっていった。まるで光に薙ぎ払われたかのように。
「どうしたんですかイサハヤ殿! みんな!?」
草原に立っていられたのは統治者とミユウの他は、俺とミズキ、そしてヨモギだけだった。
「おや、地獄で生まれたそこの狼はともかく、二人も残るとは」
統治者は笑った。社交の為の愛想笑いではなく、感情がこもっていた。
「エナミにミズキ、あなた達は私と相性が良いようです。それがあなた達にとっての幸せに繋がるかどうかは判りませんが」
「相性が良い……?」
「ええ。でも今は気にしなくてもいいですよ。まだ生きている間はね」
含みを持たせた統治者の言葉に多少の不安を感じたものの、今はそれどころではない。倒れたみんなを介抱しないと。既にミズキは主君のマサオミ様の元へ行っていた。
「イサハヤ殿、気分が悪いのですか?」
「む……。身体に上手く力が入らないんだ……」
「大丈夫。私の気を受けて一時的に麻痺状態になっただけですから。数分もすれば回復しますよ」
事もなげに統治者は言った。彼は力の片鱗をほんの少し覗かせただけで歴戦の勇士達を倒した。
俺達は実感した。こいつは紛れもなく地獄の王なんだと。
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