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発光する弓を見て俺は呆然とした。弓が樹木のように伸びて急速にフォルムを変えたのだ。支える俺の手の平と指が弓の成長の振動を捉えた。まるで生き物のようだ。
見慣れていたいつもの装備品だったモノが、あっという間に見たことの無い長弓へと変貌していた。
……何が起きている?
右手に持つ矢も変わった。弓に合わせるかのように長く太くなり、そして先端には輝く石が付いていた。これは世界で最も硬いとされる貴重な鉱石ではないのか?
この弓と矢なら、いけるのでは……?
突然手に入れた新しい武器を俺はまじまじと見つめた。光り輝く様は神秘性と未知なる可能性を感じさせた。地獄の統治者が造り出した神器のように。
これならば、父さんの溜め矢に対抗できるかもしれない。胸に生まれた希望に縋り、俺は弦を引こうとした。
「くっ……」
最後まで引けなかった。固い。俺の腕が疲れていることを差し引いても、こいつを一人で扱うのは厳しいだろう。何という強弓だ。弓自体も伸びた分、だいぶ重くなってしまっている。
俺は邪魔になる矢筒を下して、目の前に居る最も信頼する相手に助けを求めた。
「ミズキ!!」
呼ばれて振り返ったミズキは、光る弓と矢を構える俺を見てギョッとした。
「エナミ、その弓はどうし……」
「後ろに回って手を貸してくれ! 俺一人では固くて弦を引けないんだ!」
ミズキの言葉尻に被せて叫んだ。
「急げ! 父さんの溜め行動が完了する前に!!」
ミズキは双刀を地面に突き刺して、すぐに俺の背後に回った。そして俺の手に重ねるように弓を支えた。彼のおかげで弓の重さから解放された。
「いいぞ。それから弦を引くんだ」
俺達は一緒に矢をつがえた弦を引いた。二人分の力で、固く動かなかった弦が最大まで引かれて弓がしなった。
(やれる……!)
俺は慎重に角度を調整して父さんへ狙いを定めた。どういう原理なのか弓矢の輝きが増した。
「!?」
父さんがこちらに気付いた。彼の仮面は、光る武器を携えた俺達を脅威の対象と判断したようだ。セイヤではなく俺達に照準を合わせた。
「……! やめろイオリ!! 彼はおまえの息子のエナミだ!!」
イサハヤ殿が大声を張り上げて、父さんは一瞬だけ動作を止めた。でもセイヤの時と同じだった。仮面に心を支配されている父さんに説得は効かなかった。
結局父さんは気を溜め切った爆矢を、実子の俺へと放ったのだった。
……あの矢が命中すれば俺達の身体は容易く吹っ飛び、四肢をバラバラにされてしまうだろう。
でも俺は逃げなかった。ミズキも。父さんを倒せる好機は今しか無いと理解していたのだ。
「エナミ!!」
「いっけぇぇぇぇ!!!!」
俺達は同時に右指を離して矢を解き放った。
輝く矢は空へ登り父さんの溜め矢と激突した。
グアンッ!
空中で爆発が起きて閃光が走った。
その力勝負を競り勝ったのは俺達が放った矢だった。溜め矢を弾いて多少の勢いを削がれたものの、俺達の矢は尚も空を飛んだ。
そして撃墜目標である父さんへ到達し、彼の右肩と右翼を大きく抉るように貫通したのであった。
「いった!!」
ミズキが歓喜の声を上げた。
右半身から大量の黒い羽と赤い血液を噴き出した父さんは、片翼だけで空に留まろうとした。しかしやがて無事な左翼も動きを止め、父さんは力無く落下していった。
制空権を長らく握っていた射手の管理人が、ついに地上へと墜ちた瞬間である。
「もらった!」
そこへ猛スピードでイサハヤ殿が駆け寄った。背中から地面に当たって動けなくなった父さんに対し、イサハヤ殿は腰を低くして下方へ半月を描くように刀を振るった。
(父さん!)
家族が斬られる場面を見たくなくて、俺は思わず顔を背けた。しかしまだ後ろから俺を支えるミズキが言った。
「大丈夫だエナミ。よく見てみろ」
恐る恐る俺が父さんの方を見やると、イサハヤ殿が父さんの顔から割れた仮面を乱暴にはぎ取っていた。イサハヤ殿が斬ったのは仮面の方だったのだ。
彼は仮面を大地に叩き付けると、鉄板の入ったブーツでソレを踏み付けて粉砕した。声無き仮面の断末魔の悲鳴が聞こえた気がした。
「……………………」
マヒトの仮面は父さんが撃ち落とされたことで、自分達に勝ち目が無くなったこと悟ったのだろう。急上昇して雲の中へ逃げた。
マヒトは討てなかったが今日はもういい。セイヤとトモハルが殺されなかったのだから、そのことを喜ばう。
そして……
「父さん!」
俺はミズキに弓を預けて平原を走った。父さんの元へ。
もう父さんの意思を縛っていた仮面は無い。今なら俺の声が届くはずだ。
「イオリ、目を開けろ! 私だ、イサハヤだ!」
先に声を掛けていたイサハヤ殿に並び、俺も加わった。
「父さん、しっかりして!」
「イオリ!」
手首に触れて父さんに脈が有ることを確認した。それでも目を閉じた父さんを見て不安になった。
墜落の衝撃で気を失っているだけだよな? まさか、このまま目を覚まさないで消えてしまうなんてことはないよな……?
「父さん、俺だよ、エナミだよ!!」
「おまえの息子がここに居るんだぞ、目を開けろ馬鹿者!」
視界の隅でアオイがトモハルを、マサオミ様がセイヤとシキを介抱している光景が見えた。
みんな生き延びた。誰も死ななかった。だから父さん、あなたも戻ってくれ。
「イオリ!!」
「起きてよ父さん! また俺に何も言わずに逝っちゃうつもりか!? そんなことをしたら一生恨むからな! 起きろよ、もう一度生きて俺と向き合えよ!!」
父さんの左手の指がピクリと動いた。見逃さなかったイサハヤ殿が即座にその手を握った。
「エナミの言う通りだ! おまえはいつも言葉が足りないんだ!!」
「そうだよ、必要なことは行動で示せって俺に教えたけどさ、言わなきゃ伝わらないことだって有るんだからな! 頼むから何とか言ってくれよ!!」
「私達の声が聞こえているんだろう? ならばさっさと起きて話せ!」
「姉さんだって生きているんだ。姉さんの救出に京坂の打倒……。やることはいっぱい有るんだぞ? 俺やイサハヤ殿に厄介事を押し付けて自分は寝こけている気かよ!? 悪いと思ったら今すぐ起きろよ馬鹿親父!」
「おまえは私にも何も言わずに去ってしまった。起きて今こそ私の恨み言を聞け!! 置いていかれた私達の想いを受け止めてみろ!」
これだけ呼びかけても父さんの瞼は開かなかった。でも唇が動いてゆっくり言葉を紡ぎ出した。
「……起き抜けに怒鳴るな、頭に響く。それに、説教するのはいつも俺の役割だったろう? イサハヤ……」
「イ、イオリ……!」
イサハヤ殿が身を乗り出した。俺だって。
「それと……父親を馬鹿呼ばわりはいただけないな……」
「父さん……?」
父さんはゆっくりと瞼を上げた。そして眩しそうに目を細めて周囲を見渡した後、俺へ視線を定めた。
「おまえ……なんだな? 大きくなったな……」
俺の心臓の鼓動が早まった。仮面ではなく、父さんが俺のことを息子だと認識している?
「イサハヤ、身体を起すのを手伝ってくれ」
「あ、ああ。掴まれ」
父さんはイサハヤ殿の手を借りて上半身を起こした。俺と目線の高さが合い、見つめ合う瞳にお互いの姿が映った。
ふっと父さんは口元と目尻を緩めた。
「会いたかった、エナミ……」
笑顔で俺の名を呼んだ父さんに、俺は反射的に抱き付いていた。
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