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戦いの後の修羅場
父さんが居る。生きて俺の前に居る。五年前に混乱したまま父さんの死を見送った。でも今、俺達は地獄の第一階層で再会を果たした。
仮面から生命エネルギーの供給を受けられなくなったので、また近い内に父さんとの別れは訪れる。それは解っている、でも、自我を取り戻した父さんとまた会えたことが何よりも嬉しかった。
父さんに抱き付いて感無量となっていた俺は、肩を誰かに優しくポンポンと叩かれた。
「エナミ、気持ちは解るがイオリ殿の手当てを優先させた方がいい」
傍へ来ていたミズキに指摘されて俺はハッとした。右肩の肉を大きく抉られた父さんは、傷口から流れた血で右袖を真っ赤に染めていた。
「うわあっ、本当だ!」
俺は飛び退いた。
「父さん、そんなに血が流れたんなら具合悪かっただろう? 言ってよ!」
「いや……何か言い出しにくい雰囲気で」
「そこは言え! 言葉が足りないにも程が有る!」
イサハヤ殿にも突っ込まれて、父さんは決まりの悪い顔をした。
「骨も折れてるんじゃないか!? けっこうな高さから落ちたよな? 落としたの俺だけど」
「そう慌てるな。管理人は通常の人間よりも頑丈な肉体を持っている」
「それにしたって……。翼だって穴が空いてるんだろ? それやったのも俺だけどさ」
ハチマキを止血用に外した俺をミユウが制した。
「大きな傷にそれでは足りませんでしょう? わたくしのスカーフをお貸ししますわ」
ミユウがいつものように器用にスカーフを巻き付けて、父さんの肩の止血をしてくれた。肉付きを確かめるように、手当に必要の無い父さんの左半身もペタペタ触っているが。
「ありがとうミユウ。悪いがセイヤやトモハルの様子も見てやってくれないか? 医療行為はあんたが一番上手いから」
「構いませんことよ。その前に負傷者は全員丘の傘の下へ運びましょう。管理人の脅威は去りましたが、見晴らしの良い平原では獣が襲って来るかもしれません」
かつての獅子の襲撃を思い出した。
「それもそうだな、私はトモハルに手を貸してくる。イオリは頼んだぞ」
イサハヤ殿がトモハルの元へ駆け、アオイと共に彼を左右から支えて立ち上がらせた。フラついているがトモハルは脚を動かしている。良かった、重傷だが意識も身体の感覚も有るようだ。
セイヤはマサオミ様が背負っていた。シキは腕の負傷だけなので歩くには支障が無さそうだ。
「エナミ、イオリ殿は身長が近い俺が支えよう」
ミズキに言われて俺は父さんを改めて眺めた。子供の頃、大人は全員自分より大きかったからあまり意識していなかったが……。
「父さんって背が高かったんだね。何で俺は小さいんだろう」
「おまえはリン……母さんに似たんだよ。あいつは小柄な女性だった」
「俺も身長伸ばしたいな。隊の男の中で一番低いんだもん」
こんな時だがついむくれてしまった。すかさずミズキがフォローを入れた。とても気まずいフォローを。
「エナミはそれでいい。小さくたって立派に戦っているし、俺の腕にすっぽり収まるおまえはとても可愛いと思う」
父さんが「ん?」という顔をした。よせミズキ、今はその手の発言は避けろ。俺は大げさな明るい声を出して話題を替えた。
「弓、ありがとうな! 矢筒も回収してくれたのか!」
ミズキから自分の装備品を受け取った俺は、弓矢の変化に気付いた。弓は俺が村から持って来た愛用品、矢筒とその中身は兵団から支給された一般兵士用だった。
「元に戻ってる……」
「そうなんだ、あの後すぐに。光るのもやめてしまった」
父さんも疑問を呈した。
「そうだ、それは俺も聞きたかったんだ。俺を倒したあの光は何だったんだ? 俺が使う溜め行動によく似ていたが、管理人でない普通の人間ができる技ではない。弓の形状も今のそれとは違っていたよな?」
「一時的にですが、エナミの願いが武器の形状と能力を変化させたのですわ。鎧姿に変身するわたくしと同じですわね」
答えたのはミユウだった。父さんは訝しんだ。
「貴方は……地獄の王の従者ですよね?」
仮面はミユウの情報を父さんに与えていたようだ。
「ええ」
「どうして王の従者が息子達と行動を共にしているのですか?」
「主様のご意思です。主様は最強の管理人である草薙ヨウイチの、魂を解放してくれる者がついに現れたのではないかと期待しておりますの」
「ヨウイチ氏の……。それが息子達だと?」
「ええ。それでわたくしに、彼らを観察するようお命じになられました」
男の尻ばかり追い掛けているくせに。
「確かにイサハヤを擁するこの隊は強いでしょう。しかしそれでもヨウイチ氏に敵う域までは達していないと思います。彼の強さは次元が違う」
「ふふ、それは皆さんで話し合って決めることですわね。ご子息も力が目覚めつつあるようですし」
「エナミが……? あの光る矢を放ったことについて言っているのですか?」
「ええ。魂の摩耗を始めとして、地獄では何かを失うことの方が多いんですの。ですが稀に、新たに生み出すことができる者が現れるんです。地獄と相性が良い魂ですわね。主様やわたくし、それに……」
ミユウが含みを持たせた視線を俺に向けた。
「息子もそうだと?」
「ええ。それに彼の隣に居る長髪の美しい剣士も、ですわ」
俺とミズキは顔を見合わせた。地獄と相性が良い魂……。統治者にも言われたし、ミユウからは拠点を変更する際の移動中に聞いた話だ。
「通常の魂は地獄の第一階層で半年過ごすとボロボロになるが、相性が良い魂は半永久的に活動できるんだったな?」
だからミユウは三千六百年間も存在しているのか。階層移動もできるそうだしな。でもそれは……。
「孤独だよな、悠久の時を過ごすということは」
俺の言葉にミユウの表情が少し陰った。家族や友人の魂が遠くへ運ばれてしまっても自分だけは元のまま。ミユウはきっとこれまでに、数え切れないくらいの知人の魂を見送ってきたのだろう。いつだって彼が見送る側だ。
俺もいつかそうなるのか? 生者の塔に辿り着けないまま仲間達が滅んでしまっても、俺はここで存在し続けるのか? 相性が良いことが幸せとは限らない、そう統治者は言っていた。置いて逝かれる寂しさ、それに慣れる日は来るのだろうか?
「大丈夫だエナミ、俺達は生きて現世へ戻る」
俺の心を読んだのか、ミズキがそっと包むように手を繋いで来た。不安になっていた俺は父さんの前だというのに、彼の手を握り返してしまった。また父さんが「ん?」という顔をした。
「たとえ長く地獄を彷徨うことになったとしても、エナミ、俺達はずっと一緒だ」
地獄でも俺は流寓人になるかもしれないんだな。でも彼と一緒なら……。俺を見つめるミズキを俺も見つめ返した。
「あの……、ちょっといいかな?」
父さんが割って入って来た。
「話の最中にすまない。ええと、キミは息子の友人なのかな?」
ミズキは深々と頭を下げた。
「ご挨拶が遅れて申し訳有りません。ミズキと申します。桜里兵団に所属する剣士で、階級は小隊長です」
「ご丁寧にありがとう。息子とずいぶんと親しいようだが……」
ミズキは顔を上げて真っ直ぐな瞳で言った。
「ご子息とお付き合いさせて頂いています」
「……………………」
父さんは困った顔をして、たぶん赤い顔をしている俺を見た。
「あのエナミ、彼はこう言っているが……どうなんだ?」
恥ずかしかったが、俺は父さんに頷いた。ミユウがニヤニヤしていた。
「え……、エナミ? ええと、彼、じゃなくて彼女……? 綺麗な女性だな、背がお高いんですね」
父さんは混乱してしまった。ミズキが静かに宣言した。
「自分は男です」
「え、ええっ? やっぱり男!? でもだったらどうしてウチの息子と……???」
「父さん、桜里の王都では同性の恋人は珍しくないんだってさ。法律では結婚もできるそうだよ!?」
俺も照れと焦りで混乱していた。余計なことを口走ってしまった。
「け、結婚!?」
こんなに慌てた父さんを初めて見たな。どんな時でも淡々と事をこなすクールなイメージだったのに。久し振りに会った息子が同性の恋人連れていたら当然の反応か。
ミズキが極上の笑顔を浮かべてとどめを刺した。
「これから宜しくお願い致します。お義父さん」
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