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イオリと共に
怪我人が小丘群の土壁内へ運び込まれた。案内鳥に戦いが終わったことを聞いたのだろう、ランがヨモギとサクラと共に湿地帯から戻って来ていた。
「お兄ちゃん!!」
そして負傷したセイヤの傍へ駆け寄った。俺とミズキはいつの間にか呼び捨てにされていたが、セイヤはまだ「お兄ちゃん」なんだな。ランにとって血の繋がりは無くとも、セイヤは実の家族にも等しい存在になったのだろう。この二人は何としても揃って現世に帰してやりたい。
「イオリ!?」
最後に丘へ入った俺達を見て、先に来ていたイサハヤ殿が顔色を変えた。
「歩けない程につらいのか!? どこが痛い?」
たぶん心です。父さんは息子の俺が男と熱愛中という事実を突き付けられて、ショックで生きる屍と化していた。歩けなくなったので結局、怪力持ちのミユウに背負われてここまで来た。ここぞとばかりにミユウは父さんの尻をお触りしていた。
「到着ですわよ」
父さんはセイヤとトモハルに並んで地面に寝かされた。
「イオリ、しっかりしろ!」
「え、イオリおじさん……? 大丈夫スか?」
「どうした? 怪我の程度が酷いのか?」
皆が口々に父さんを案じる言葉を出した。負傷しているセイヤまでもが。見たところ、セイヤとトモハルは命にかかわる怪我ではなさそうだ。静かに休めば半日ほどで回復するだろう。マサオミ様とシキも負傷しているが普通に動けていた。
「イサハヤ……」
父さんが重々しく口を開いた。
「息子に男性の恋人ができたそうだ……」
何人かが「ああ~」と呟き父さんの不調の理由を納得した。ありがたいことにセイヤが俺達をかばってくれた。
「おじさん、そりゃ最初は受け入れられないだろうけど、ミズキはいい奴だぜ?」
「性格以前に性別が……。同性婚が認められるってどれだけ革新的なんだ桜里……ん?」
父さんは発言したセイヤの顔をまじまじと見つめた。
「キミは……本当にあのセイヤくんなのか!? 実直なキミまで地獄に落ちるなんて……。すまない、俺の弓で大怪我をさせた。隣りの貴方も」
父さんはセイヤとトモハルに気づいて彼らに詫びた。
「気にしないでくれよ、おじさんじゃなくてあの仮面のせいなんだから。それに俺の怪我はさ、俺の迂闊な行動が招いた結果だ、自業自得だよ」
「そうです。我々が未熟だっただけです」
セイヤとトモハルは父さんに敵意を抱いていないことを示した。
「シキ、それにマサオミ様、申し訳有りません。俺のせいで傷を負わせてしまいました」
「ばーか、気にすんな」
「おたくはご主人の親友らしいからな」
セイヤに続いて、トモハルも自分の命の恩人に礼を述べた。
「アオイ、おかげで命拾いをした。ありがとう」
「中隊…………ふぅっ、ふあぁっ」
それまで気丈に振る舞っていたアオイだったが、ここで一気に涙腺を崩壊させた。
「ア、アオイ!?」
「ちょっと洗濯板女、何泣いていますの?」
二人の男がオロオロする中で、アオイは胸の内を吐露した。
「良かった……良かった……、今度は助けられたぁぁ!!」
アオイは短期間でたくさんの仲間の死に目に遭遇していた。俺達に会う前に地獄で行動を共にしていた州央の同胞は、モリヤを残して全員亡くなったと聞いた。そして最後に残ったモリヤさえも……。
アオイは充分に強い。それでも男の兵士達は女性であるアオイを守り、優先的に逃がそうとしたのだろう。同じ兵士でありながら優遇され自分だけ生かされることに、きっと彼女の心は葛藤していた。だが漸く戦士としてトモハルを守れたことで、アオイは自分を肯定できたのだ。
「あーもう、泣くんじゃありませんわ。ブスいお顔がもっとブスになりましてよ?」
言葉とは裏腹にミユウは優しくアオイの背中を擦った。トモハルが不機嫌そうに見上げた。
「おい……、彼女を慰めるのは私の役割ではないのか?」
「悔しいんならさっさと怪我を治すんですのね、触覚前髪」
トモハルの前髪は色々な呼び方をされているな。しかしミユウに嫉妬したとなると、トモハルもアオイに多少は気が有るってことだよな。良かったなアオイ。
「イオリさん、仮面無しでは初めまして、だよな? 俺は桜里の上月マサオミってモンです。宜しく」
マサオミ様が父さんに挨拶をした。
「上月……」
大将の装束と名家の姓。相手が大物であることを察した父さんは身体を起こそうとしたが、マサオミ様が止めた。
「どうぞそのままで」
「ありがとうございます。息子がお世話になりました、騎崎イオリです。上月殿の名前は州央にも届いておりました」
「もっとくだけた態度で構いませんよ。俺の方が年下だし、真木さんともタメ口にさせてもらってるんだ」
「ありがとう。軍事演習で一度イサハヤと打ち合ったとか」
「ああ~、流星の渾名を付けられたあの時ね」
「……まだ根に持っていたのか」
ボソリと呟いたイサハヤ殿をマサオミ様がどついた。
「当たり前だろーが。消えるどころか定着しちまったわ、どうしてくれる」
二人のやり取りを見て父さんが不思議そうに述べた。
「キミ達はずいぶんと仲がいいんだな。最近ここに落ちてくる州央兵と桜里兵は出会うと争うことが多いから、二国間の関係が悪化したのだと思っていたよ」
「悪化も何も、上では戦争やってるぜ?」
「ええ!? 本当かイサハヤ!?」
「残念だが本当だ。マサオミと私は十日前に上の森で、互いの部下を率いて殺し合ったんだ」
「それが……どうして現在は協力関係にあるんだ?」
「共通の敵ができたからだ」
「それは……?」
「国防大臣の京坂レイとイズハ国王。イオリ、おまえを利用して捨て駒にした相手だよ」
「!…………」
父さんの顔が険しくなった。イサハヤ殿が続けた。
「京坂はイズハ様を操って州央に混乱を招き、桜里に戦争を仕掛けて彼らの生活を脅かしている。二人を倒すことこそが、二国を救う唯一の道なんだ」
「王族に刃を向ける気か、イサハヤ……」
「もはや今の王家に忠誠を捧げる価値は無い」
「そうではなく、敵が強大だと言っているんだ。おまえも俺のようになってしまうぞ!?」
心配して忠告する父さんに対して、イサハヤ殿は寂しそうに笑った。
「だから、私に何も告げずに姿を消したのか? イオリ」
「……………………」
「安心しろ。今の私はおまえが知っている青二才ではない。軍部に協力者を作り、そして桜里にも同志ができた」
イサハヤ殿とマサオミ様は目配せし合った。
「そういうこった。だがまずは何としても現世に帰らんことには話が進まない」
「……それならば、最強の管理人である草薙ヨウイチ氏とは戦わないことだ。酷なことを承知で言うが、部下達が囮になればイサハヤと上月殿の二人くらいは生者の塔へ行けるだろう」
「それは絶対にしたくねぇ。俺達は全力で戦って管理人を倒す。そして現世に帰る」
マサオミ様が断言した。
「無謀だ! ヨウイチ氏に挑むなんて……」
「今までの戦力ならな。あんた一人にも手こずってたし」
「そうだ。俺に苦戦するようではヨウイチ氏には勝てないぞ? 彼の強さは桁違いだ」
「だが今は、よく判らんがエナミが覚醒して凄い技を使えるようになった」
みんなの目が俺に集中して一瞬呼吸が止まった。
「それと強力な助っ人が加入した」
「それは……?」」
マサオミ様は悪ガキみたいな笑顔でさらっと言った。
「あんただよ、イオリさん」
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