イオリと共に

1/2
前へ
/188ページ
次へ

イオリと共に

 怪我人が小丘群の土壁内へ運び込まれた。案内鳥に戦いが終わったことを聞いたのだろう、ランがヨモギとサクラと共に湿地帯から戻って来ていた。 「お兄ちゃん!!」  そして負傷したセイヤの傍へ駆け寄った。俺とミズキはいつの間にか呼び捨てにされていたが、セイヤはまだ「お兄ちゃん」なんだな。ランにとって血の繋がりは無くとも、セイヤは実の家族にも等しい存在になったのだろう。この二人は何としても揃って現世に帰してやりたい。 「イオリ!?」  最後に丘へ入った俺達を見て、先に来ていたイサハヤ殿が顔色を変えた。 「歩けない程につらいのか!? どこが痛い?」  たぶん心です。父さんは息子の俺が男と熱愛中という事実を突き付けられて、ショックで生きる屍と化していた。歩けなくなったので結局、怪力持ちのミユウに背負われてここまで来た。ここぞとばかりにミユウは父さんの尻をお触りしていた。 「到着ですわよ」  父さんはセイヤとトモハルに並んで地面に寝かされた。 「イオリ、しっかりしろ!」 「え、イオリおじさん……? 大丈夫スか?」 「どうした? 怪我の程度が酷いのか?」  皆が口々に父さんを案じる言葉を出した。負傷しているセイヤまでもが。見たところ、セイヤとトモハルは命にかかわる怪我ではなさそうだ。静かに休めば半日ほどで回復するだろう。マサオミ様とシキも負傷しているが普通に動けていた。 「イサハヤ……」  父さんが重々しく口を開いた。 「息子に男性の恋人ができたそうだ……」  何人かが「ああ~」と呟き父さんの不調の理由を納得した。ありがたいことにセイヤが俺達をかばってくれた。 「おじさん、そりゃ最初は受け入れられないだろうけど、ミズキはいい奴だぜ?」 「性格以前に性別が……。同性婚が認められるってどれだけ革新的なんだ桜里(オウリ)……ん?」  父さんは発言したセイヤの顔をまじまじと見つめた。 「キミは……本当にあのセイヤくんなのか!? 実直なキミまで地獄に落ちるなんて……。すまない、俺の弓で大怪我をさせた。隣りの貴方も」  父さんはセイヤとトモハルに気づいて彼らに詫びた。 「気にしないでくれよ、おじさんじゃなくてあの仮面のせいなんだから。それに俺の怪我はさ、俺の迂闊(うかつ)な行動が招いた結果だ、自業自得だよ」 「そうです。我々が未熟だっただけです」  セイヤとトモハルは父さんに敵意を抱いていないことを示した。 「シキ、それにマサオミ様、申し訳有りません。俺のせいで傷を負わせてしまいました」 「ばーか、気にすんな」 「おたくはご主人の親友らしいからな」  セイヤに続いて、トモハルも自分の命の恩人に礼を述べた。 「アオイ、おかげで命拾いをした。ありがとう」 「中隊…………ふぅっ、ふあぁっ」  それまで気丈に振る舞っていたアオイだったが、ここで一気に涙腺を崩壊させた。 「ア、アオイ!?」 「ちょっと洗濯板女、何泣いていますの?」  二人の男がオロオロする中で、アオイは胸の内を吐露(とろ)した。 「良かった……良かった……、今度は助けられたぁぁ!!」  アオイは短期間でたくさんの仲間の死に目に遭遇していた。俺達に会う前に地獄で行動を共にしていた州央(スオウ)の同胞は、モリヤを残して全員亡くなったと聞いた。そして最後に残ったモリヤさえも……。  アオイは充分に強い。それでも男の兵士達は女性であるアオイを守り、優先的に逃がそうとしたのだろう。同じ兵士でありながら優遇され自分だけ生かされることに、きっと彼女の心は葛藤(かっとう)していた。だが(ようや)く戦士としてトモハルを守れたことで、アオイは自分を肯定できたのだ。 「あーもう、泣くんじゃありませんわ。ブスいお顔がもっとブスになりましてよ?」  言葉とは裏腹にミユウは優しくアオイの背中を擦った。トモハルが不機嫌そうに見上げた。 「おい……、彼女を慰めるのは私の役割ではないのか?」 「悔しいんならさっさと怪我を治すんですのね、触覚前髪」  トモハルの前髪は色々な呼び方をされているな。しかしミユウに嫉妬したとなると、トモハルもアオイに多少は気が有るってことだよな。良かったなアオイ。 「イオリさん、仮面無しでは初めまして、だよな? 俺は桜里(オウリ)上月(コウヅキ)マサオミってモンです。宜しく」  マサオミ様が父さんに挨拶をした。 「上月(コウヅキ)……」  大将の装束と名家の姓。相手が大物であることを察した父さんは身体を起こそうとしたが、マサオミ様が止めた。 「どうぞそのままで」 「ありがとうございます。息子がお世話になりました、騎崎(キサキ)イオリです。上月(コウヅキ)殿の名前は州央(スオウ)にも届いておりました」 「もっとくだけた態度で構いませんよ。俺の方が年下だし、真木(マキ)さんともタメ口にさせてもらってるんだ」 「ありがとう。軍事演習で一度イサハヤと打ち合ったとか」 「ああ~、流星の渾名(あだな)を付けられたあの時ね」 「……まだ根に持っていたのか」  ボソリと呟いたイサハヤ殿をマサオミ様がどついた。 「当たり前だろーが。消えるどころか定着しちまったわ、どうしてくれる」  二人のやり取りを見て父さんが不思議そうに述べた。 「キミ達はずいぶんと仲がいいんだな。最近ここに落ちてくる州央(スオウ)兵と桜里(オウリ)兵は出会うと争うことが多いから、二国間の関係が悪化したのだと思っていたよ」 「悪化も何も、上では戦争やってるぜ?」 「ええ!? 本当かイサハヤ!?」 「残念だが本当だ。マサオミと私は十日前に上の森で、互いの部下を率いて殺し合ったんだ」 「それが……どうして現在は協力関係にあるんだ?」 「共通の敵ができたからだ」 「それは……?」 「国防大臣の京坂(キョウサカ)レイとイズハ国王。イオリ、おまえを利用して捨て駒にした相手だよ」 「!…………」  父さんの顔が険しくなった。イサハヤ殿が続けた。 「京坂(キョウサカ)はイズハ様を操って州央(スオウ)に混乱を招き、桜里(オウリ)に戦争を仕掛けて彼らの生活を脅かしている。二人を倒すことこそが、二国を救う唯一の道なんだ」 「王族に刃を向ける気か、イサハヤ……」 「もはや今の王家に忠誠を捧げる価値は無い」 「そうではなく、敵が強大だと言っているんだ。おまえも俺のようになってしまうぞ!?」  心配して忠告する父さんに対して、イサハヤ殿は寂しそうに笑った。 「だから、私に何も告げずに姿を消したのか? イオリ」 「……………………」 「安心しろ。今の私はおまえが知っている青二才ではない。軍部に協力者を作り、そして桜里(オウリ)にも同志ができた」  イサハヤ殿とマサオミ様は目配せし合った。 「そういうこった。だがまずは何としても現世に帰らんことには話が進まない」 「……それならば、最強の管理人である草薙(クサナギ)ヨウイチ氏とは戦わないことだ。酷なことを承知で言うが、部下達が囮になればイサハヤと上月(コウヅキ)殿の二人くらいは生者の塔へ行けるだろう」 「それは絶対にしたくねぇ。俺達は全力で戦って管理人を倒す。そして現世に帰る」  マサオミ様が断言した。 「無謀だ! ヨウイチ氏に挑むなんて……」 「今までの戦力ならな。あんた一人にも手こずってたし」 「そうだ。俺に苦戦するようではヨウイチ氏には勝てないぞ? 彼の強さは桁違いだ」 「だが今は、よく判らんがエナミが覚醒して凄い技を使えるようになった」  みんなの目が俺に集中して一瞬呼吸が止まった。 「それと強力な助っ人が加入した」 「それは……?」」  マサオミ様は悪ガキみたいな笑顔でさらっと言った。 「あんただよ、イオリさん」
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加