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「俺が……キミ達の隊に……」
マサオミ様の提案には驚いたが、確かに父さんが隊に加わってくれるのなら戦力が大幅に上がる。今なら最強の管理人も倒せるんじゃないかと俺は興奮したが、父さんは静かに言った。
「俺にできることなら何でも協力しよう。しかし、残念ながら俺にはあまり時間が残されていないんだ」
父さんは一度死んでいる。瀕死の人間が集う地獄の第一階層で動けているのは、仮面から供給されていた生命エネルギーが身体に多少溜まっているからだ。
「案内人の話では、仮面を失っても一日くらいは活動できるそうじゃないか」
「……仮面と管理人について、知っていたのか?」
「ああ、もっと詳しくはマホに聞いた。ちょっと前に管理人をしていた女だよ」
「獅子座マホ殿か。彼女は桜里兵団の軍師だったな」
管理人同士は、仮面を通して情報を共有し合うのだ。
「マホは管理人をして数日しか経っていなかったから、蓄積された生命エネルギーが少なくてすぐに動けなくなった……。だが地獄で三百年間も管理人をやってきたあんたなら、もっと長く動けるはずだろう?」
「可能だろうな。一日くらいなら」
父さんはセイヤとトモハルを見た。
「彼らの回復を待って生者の塔……いや、草薙ヨウイチ氏に挑むつもりなのか?」
マサオミ様はしっかりと頷いた。
「そうだ。ヨウイチさんを倒せるのはイオリさん、あんたが居る今しか無いと俺は思う。真木さん、あんたの意見はどうだ?」
「貴様の意見に同意する。囮を立てたところで大半の者が命を落とすなら、結果的に全滅したとしても勝てる可能性を信じて戦いたい。皆はどうだ? 遠慮無く本心を言え」
「戦います!」
真っ先にトモハルが言った。
「そして生き残ります! 現世で京坂の圧政に苦しむ州央の民を救う為に!」
彼の発言を皮切りに、「俺も戦う!」「私も!」とみんなが続いた。もちろん俺も。
「よし、皆の意志は一つのようだな。後はおまえだイオリ、我らと志を共にしてくれるか?」
イサハヤ殿に尋ねられ、父さんは強い眼差しを彼に向けた。
「共に戦おう。必ずおまえ達を現世に戻してみせる。そしてイサハヤに上月殿、京坂を倒して州央を……世界を変えてくれ」
父さんとイサハヤ殿は手を握り合い、その上にマサオミ様も手の平を乗せた。
死別した親友、敵国の将が共闘の誓いを交わしたのだ。まさかこんな光景を見られる日が来るなんて。俺は泣きそうになった。
「よし、明日夜が明けたらすぐに出発するぞ。また四時間くらい歩くからな。生者の塔攻略前に休憩を入れるが、それでも明日は強行軍になる。今日は全員ゆっくり休んでおけよ!」
「その前にマサオミ、ランの処遇を決めなくては」
「ああ、そうだな」
みんなから視線を向けられ、ランはヨモギの陰に隠れた。
「ヨウイチ氏と戦う我々は、最悪全滅の恐れが有る。戦いが終わるまでランを待機させておけない。我々に管理人の注意が向いている間に、彼女だけでも生者の塔へ届けないと」
「だな。ヨモギの背中に乗せて、隙を見て走らせるか」
「それでは駄目です。現世でランを保護できる人間を付き添わせないと」
俺は大将達の会話に口を挟んだ。
「ランは現在桜里の陣営で手当を受けているようですが、口添えする者が居ないと、そのうち彼女は親元に返されてしまうでしょう」
「あ……」
事情を知らない父さん以外のみんなが暗い表情になった。ランを日常的に虐待していた母親。そんな人物の元にランを戻すことはできない。
「エナミの言う通りだな。セイヤ、おまえがランを連れて生者の塔へ走れ」
マサオミ様に指名されたセイヤは、負傷しているのに起き上がった。
「そんなの嫌です! みんなを囮にして走れません! 俺も戦います!!」
「阿保、今までの話を聞いてなかったのか? 俺達は仲間を囮にするのが嫌だから戦うんだ」
「だからって……。俺、弱いですけど、俺だってみんなの為に戦いたいんです!」
「だからこそだセイヤ。ランの為に走れ。おまえがランと一緒に行くべきなんだ」
俺に言われたセイヤは俺を睨んだ。
「俺達はいつも一緒だったろ? ずっと友達だろ? おまえとミズキは戦うのに、俺だけ仲間外れにするのか!?」
セイヤの無念さは理解できる。ずっと一緒だった仲間達が管理人と死闘を繰り広げている横を、何もせずに走り抜けろと言われたら俺だって反発するだろう。仲間を助ける為に何かしたい。でも。
たった四歳で罪を犯して地獄に落ちてしまった少女。ランのこれからの幸せを願わずにはいられない。そして彼女の手を引く最適な相手はセイヤなのだ。
「この中でランはおまえに一番懐いている。彼女の手を決して離すな、傍に居てやれ」
セイヤはヨモギに引っ付くランを見た。弱々しい幼い少女。
「そりゃランのことは守ってやりたいよ……。今じゃ妹みたいなモンだ。でも……でも、みんなが必死で戦ってるのに俺だけ……」
「おまえの行動も戦いだ」
ミズキもセイヤの説得に参加した。
「最強の管理人から小さな女の子を守るんだぞ? 大仕事だ。おまえはおまえの役割を、命を懸けて果たすんだ」
「俺の役割……」
「そうだ、ランと一緒に走れ。何が遭っても」
「それが……俺の戦い?」
「ああ。やり遂げて見せろ」
「…………解ったよ。必ずランを生者の塔まで連れて行く。何が遭っても」
その「何か」には仲間の死も含まれるかもしれない。それでもセイヤ、ランと共に走るんだ。
セイヤは俯いて肩を震わせた。
「エナミ……ミズキ……。おまえ達も生き延びるよな? また会えるよな……?」
「あたりまえだ。後から行くから、先に現世に帰って待っていろ」
「俺達はずっと友達だ」
泣き出したセイヤの肩を、左右から俺とミズキとで抱いた。
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