15人が本棚に入れています
本棚に追加
/188ページ
未来へ向く心
心に一応の折り合いを付けられたセイヤは、身体を癒す為に横になって眠ることにした。ランとサクラがすぐに彼の隣に寝転び、一緒にお昼寝となった。
「私も少し寝るか……」
呟いたトモハルにアオイが笑顔で勧めた。
「そうして下さい。私がここで中隊長を見守っていますから!」
「え? いやずっと見られていると寝ずらいぞ……」
「なら私もランのように、中隊長に添い寝しましょうか?」
「ばっ、馬鹿……、そんなこと……!」
トモハルは照れ顔で見物人の俺達を気にした。アオイは押せ押せだな。頑張れ。
「彼らの邪魔になりそうだな、俺達は他へ移ろうか」
父さんが俺に向かって言った。
「でも、父さんも休まなきゃ……」
「休むさ、おまえの傍で。久し振りにいろいろ話したいしな」
「うん……!」
俺は移動の為に父さんへ肩を貸そうとしたが、イサハヤ殿に先を越された。
「イオリ、俺もおまえと語らいたい。何せ一日しか無いんだからな」
「あ、俺も」
マサオミ様がイサハヤ殿の逆側から父さんを支えた。あれ、大将達も来るの? とか思ったら甘かった。
「私もご一緒させて下さい。お義父さんの人となりを知りたいです」
すました顔で一歩前に出たのはもちろんミズキだ。
「誰がおまえの義父さんだ」
「あなたではないことは確かですよ、イサハヤ殿」
ミズキとイサハヤ殿が睨み合った。いつもの嫌な予感がした。案の定、シキとミユウもニヤニヤしながら付いて来ようとした。
「ちょっと、みんなで来る気ですか!?」
「みんなじゃないぜ。うぉーいヨモギにアオイ、怪我人達を頼んだぜー」
「はーい」
「ばう」
おい。ほとんどの人間が俺と父さんに付いて来ることになった。何処の民族大移動だ。
会話しても寝ている二人の邪魔にならない程度の距離へ移って、俺達は腰を落ち着けた。
父さんを真ん中に左にイサハヤ殿、右にマサオミ様。俺は父さんの対面で、ミズキはあたりまえのように俺の隣に座った。俺達の後ろに陣取ったシキとミユウの表情は窺い知れないが、きっとまだニヤニヤしている。だって完全に親に結婚報告に来た若い恋人達の図だもの。
「さて、エナミとミズキの件なんだが……イオリ、おまえは正直どう思っているんだ?」
いきなりイサハヤ殿が仕切り出した。親子の語らいをさせる気無いな。
「いや、その話題についてはもう少し心が落ち着いてからにしてくれ、イサハヤ」
ごめんね父さん。まだ混乱しているんだね。
「まずは娘のことを聞きたい。エナミ、さっき私への呼びかけでキサラのことを言っていなかったか? あの子がまだ生きていると……」
姉さんのことを口にした父さんに、俺は即座に反応した。
「そう! そうだよ! 姉さんは州央で生きているんだよ!!」
父さんの顔が見る見るうちに綻んでいった。
「そうか……あの子も生きていてくれたか……」
俺は嬉しかった。国を捨てて桜里に移住したけれど、父さんは姉さんのことを見捨てた訳じゃなかった。やはりいつか州央に戻って姉さんを捜すつりだったんだろう。死んで管理人となった後も子供達を案じてくれていた。父さんはずっと俺達の父さんなんだ。
「あの子には何もしてやれなかったが、キサラは今、幸せにしているのだろうか?」
父さんに問われて俺は言葉に詰まった。代わりに後ろに控えているシキが答えた。
「幸せとは言えません。彼女は現在、京坂の子飼いの忍びとして隠密隊に所属しています」
「あの子が忍びに!? どうしてそんなことに!?」
「俺が彼女を組織に連れて行ったからです」
「!?」
馬鹿野郎シキ、余計な事は言わなくていい。父さんがシキを凝視した。
「キミは……何者だ? 見たところ州央兵団の軍服を着ているが……」
「これは兵団に潜入する為の変装です。俺も元は隠密隊の人間でした。あなたの家が襲撃された日、俺もあそこに居たんですよ」
「今……何と言った?」
「俺も襲撃隊の一員だったと言いました」
シキの告白を聞いた父さんが腰を浮かせた。父さんの殺気がシキへ放たれた。
「……殺したいのならどうぞ。一度生きることを手放した人間です」
死に対して達観しているシキを俺は怒鳴りつけた。
「死ぬことは許さないと言った! おまえの今の主人は俺だ! 主人の命令に従えないのか!?」
「主人……?」
「イオリ、今はエナミの話を聞いてくれ」
「ああ。怪我してる身で興奮しちゃ駄目だぜ?」
父さんは左右の大将達に諫められてひとまず着席した。
「エナミ、どういうことだ? どうしてその男を庇うんだ?」
「こいつ……シキは俺と主従契約を結んで、隠密隊から足抜けしたんだよ。もう敵じゃない」
「だが、かつては隠密隊だった」
「うん。俺だって母さんの仇だし、姉さんをさらわれたし、仲間を殺されたからこいつを恨んでたよ。できる限りの苦痛を与えてから殺したいってずっと思ってた。実際に地獄で何度もやりあったし」
ほんの数日前までシキは宿敵だった。その彼を俺が庇うことになるなんて。
「でも……、こいつは自分の弟分が死んでから生きる気力を無くしてしまった。その時初めてこいつのことを俺達と同じ、誰かの死を悲しむ人間だと思うようになったんだ」
「………………」
「シキのやって来た行いは酷い事だ。でも全て京坂の命令だった。それは……父さんも同じじゃないの?」
父さんの眉間に皺が刻まれた。ごめんね父さん、あなたを卑下するつもりは無いんだ。ただ、イズハ現国王の命令で暗殺者となった父さんなら、シキの立場と苦悩を誰よりも理解できると思った。
「シキは仲間になってからは、身体を張って隊の役に立とうとしてくれているよ。父さんだって見ただろう? こいつが自分を盾にしてセイヤを守ろうとした姿を」
父さんは左手で自分の頭を支えた。唇を嚙んでいる。
「それにね、元隠密だったシキは姉さんを救うにも、京坂と戦うにも、絶対に役に立つ人材となるはずなんだ。殺すより傍に置いた方がいい」
「エナミ……シキを生かして使う。それがおまえの意志なのか?」
俺は父さんに頷いた。父さんは苦しそうに、だが俺の意志を後押しする言葉を吐き出した。
「俺はその男を許せない……。だが俺は去り、おまえ達はこれからを生きる人間だ。彼のことはおまえに任せる」
「父さん……ありがとう」
「だがシキ、覚えておけ。おまえがエナミの信頼を裏切ったその時は、地獄の最下層からでも甦って俺はおまえを八つ裂きにする」
父さんに凄まれたシキは静かに述べた。
「……安心して下さい。俺がご主人を裏切ることは無いでしょう。不思議とね、この人に対してはそんな気持ちが沸き上がらないんですよ」
いつも飄々として掴みどころのないシキだが、この言葉は本心から言ってくれているように俺は感じた。
最初のコメントを投稿しよう!