未来へ向く心

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未来へ向く心

 心に一応の折り合いを付けられたセイヤは、身体を癒す為に横になって眠ることにした。ランとサクラがすぐに彼の隣に寝転び、一緒にお昼寝となった。 「私も少し寝るか……」  呟いたトモハルにアオイが笑顔で勧めた。 「そうして下さい。私がここで中隊長を見守っていますから!」 「え? いやずっと見られていると寝ずらいぞ……」 「なら私もランのように、中隊長に添い寝しましょうか?」 「ばっ、馬鹿……、そんなこと……!」  トモハルは照れ顔で見物人の俺達を気にした。アオイは押せ押せだな。頑張れ。 「彼らの邪魔になりそうだな、俺達は他へ移ろうか」  父さんが俺に向かって言った。 「でも、父さんも休まなきゃ……」 「休むさ、おまえの傍で。久し振りにいろいろ話したいしな」 「うん……!」  俺は移動の為に父さんへ肩を貸そうとしたが、イサハヤ殿に先を越された。 「イオリ、俺もおまえと語らいたい。何せ一日しか無いんだからな」 「あ、俺も」  マサオミ様がイサハヤ殿の逆側から父さんを支えた。あれ、大将達も来るの? とか思ったら甘かった。 「私もご一緒させて下さい。お義父(とう)さんの人となりを知りたいです」  すました顔で一歩前に出たのはもちろんミズキだ。 「誰がおまえの義父さんだ」 「あなたではないことは確かですよ、イサハヤ殿」  ミズキとイサハヤ殿が睨み合った。いつもの嫌な予感がした。案の定、シキとミユウもニヤニヤしながら付いて来ようとした。 「ちょっと、みんなで来る気ですか!?」 「みんなじゃないぜ。うぉーいヨモギにアオイ、怪我人達を頼んだぜー」 「はーい」 「ばう」  おい。ほとんどの人間が俺と父さんに付いて来ることになった。何処の民族大移動だ。  会話しても寝ている二人の邪魔にならない程度の距離へ移って、俺達は腰を落ち着けた。  父さんを真ん中に左にイサハヤ殿、右にマサオミ様。俺は父さんの対面で、ミズキはあたりまえのように俺の隣に座った。俺達の後ろに陣取ったシキとミユウの表情は窺い知れないが、きっとまだニヤニヤしている。だって完全に親に結婚報告に来た若い恋人達の図だもの。 「さて、エナミとミズキの件なんだが……イオリ、おまえは正直どう思っているんだ?」  いきなりイサハヤ殿が仕切り出した。親子の語らいをさせる気無いな。 「いや、その話題についてはもう少し心が落ち着いてからにしてくれ、イサハヤ」  ごめんね父さん。まだ混乱しているんだね。 「まずは娘のことを聞きたい。エナミ、さっき私への呼びかけでキサラのことを言っていなかったか? あの子がまだ生きていると……」  姉さんのことを口にした父さんに、俺は即座に反応した。 「そう! そうだよ! 姉さんは州央(スオウ)で生きているんだよ!!」  父さんの顔が見る見るうちに(ほころ)んでいった。 「そうか……あの子も生きていてくれたか……」  俺は嬉しかった。国を捨てて桜里(オウリ)に移住したけれど、父さんは姉さんのことを見捨てた訳じゃなかった。やはりいつか州央(スオウ)に戻って姉さんを捜すつりだったんだろう。死んで管理人となった後も子供達を案じてくれていた。父さんはずっと俺達の父さんなんだ。 「あの子には何もしてやれなかったが、キサラは今、幸せにしているのだろうか?」  父さんに問われて俺は言葉に詰まった。代わりに後ろに控えているシキが答えた。 「幸せとは言えません。彼女は現在、京坂(キョウサカ)の子飼いの忍びとして隠密隊に所属しています」 「あの子が忍びに!? どうしてそんなことに!?」 「俺が彼女を組織に連れて行ったからです」 「!?」  馬鹿野郎シキ、余計な事は言わなくていい。父さんがシキを凝視した。 「キミは……何者だ? 見たところ州央(スオウ)兵団の軍服を着ているが……」 「これは兵団に潜入する為の変装です。俺も元は隠密隊の人間でした。あなたの家が襲撃された日、俺もあそこに居たんですよ」 「今……何と言った?」 「俺も襲撃隊の一員だったと言いました」  シキの告白を聞いた父さんが腰を浮かせた。父さんの殺気がシキへ放たれた。 「……殺したいのならどうぞ。一度生きることを手放した人間です」  死に対して達観しているシキを俺は怒鳴りつけた。 「死ぬことは許さないと言った! おまえの今の主人は俺だ! 主人の命令に従えないのか!?」 「主人……?」 「イオリ、今はエナミの話を聞いてくれ」 「ああ。怪我してる身で興奮しちゃ駄目だぜ?」  父さんは左右の大将達に諫められてひとまず着席した。 「エナミ、どういうことだ? どうしてその男を庇うんだ?」 「こいつ……シキは俺と主従契約を結んで、隠密隊から足抜けしたんだよ。もう敵じゃない」 「だが、かつては隠密隊だった」 「うん。俺だって母さんの仇だし、姉さんをさらわれたし、仲間を殺されたからこいつを恨んでたよ。できる限りの苦痛を与えてから殺したいってずっと思ってた。実際に地獄で何度もやりあったし」  ほんの数日前までシキは宿敵だった。その彼を俺が庇うことになるなんて。 「でも……、こいつは自分の弟分が死んでから生きる気力を無くしてしまった。その時初めてこいつのことを俺達と同じ、誰かの死を悲しむ人間だと思うようになったんだ」 「………………」 「シキのやって来た行いは酷い事だ。でも全て京坂(キョウサカ)の命令だった。それは……父さんも同じじゃないの?」  父さんの眉間に皺が刻まれた。ごめんね父さん、あなたを卑下するつもりは無いんだ。ただ、イズハ現国王の命令で暗殺者となった父さんなら、シキの立場と苦悩を誰よりも理解できると思った。 「シキは仲間になってからは、身体を張って隊の役に立とうとしてくれているよ。父さんだって見ただろう? こいつが自分を盾にしてセイヤを守ろうとした姿を」  父さんは左手で自分の頭を支えた。唇を嚙んでいる。 「それにね、元隠密だったシキは姉さんを救うにも、京坂(キョウサカ)と戦うにも、絶対に役に立つ人材となるはずなんだ。殺すより傍に置いた方がいい」 「エナミ……シキを生かして使う。それがおまえの意志なのか?」  俺は父さんに頷いた。父さんは苦しそうに、だが俺の意志を後押しする言葉を吐き出した。 「俺はその男を許せない……。だが俺は去り、おまえ達はこれからを生きる人間だ。彼のことはおまえに任せる」 「父さん……ありがとう」 「だがシキ、覚えておけ。おまえがエナミの信頼を裏切ったその時は、地獄の最下層からでも甦って俺はおまえを八つ裂きにする」  父さんに凄まれたシキは静かに述べた。 「……安心して下さい。俺がご主人を裏切ることは無いでしょう。不思議とね、この人に対してはそんな気持ちが沸き上がらないんですよ」  いつも飄々(ひょうひょう)として掴みどころのないシキだが、この言葉は本心から言ってくれているように俺は感じた。
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