託される想い

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託される想い

 エナミとミズキが立ち去った後も暴れるイサハヤを、マサオミは必死で宥めていた。 「どうどう、落ち着けってば真木(マキ)さん」 「ええい、どけマサオミ。あの二人は絶対にヤルぞ!? 許していいのかイオリ!」  イサハヤは鼻息荒く憤慨していたが、イオリは穏やかな態度を崩さなかった。 「うん……まぁ、息子の恋人が同性だったことには驚いたが、今はそれでもいいかなって」 「何で!?」 「エナミの表情がくるくる忙しく変わっていたからだよ」 「は……?」  イオリは(さかずき)の中を眺めた。自分の顔を映すように。 「エナミはさ、ほとんど表情が無い子供だったんだよ。それは俺のせいなんだ。あの子を鍛えるばかりで、子供らしく甘えさせてやれなかった」  イオリの言葉を聞いて、マサオミはエナミと話した時のことを思い出した。 「そういやエナミ……、十歳でもう身の回りのことは全部自分で出来ていたって言ってたな」 「ほう、それは大したものだ。料理なども得意なのだろうか? 今度ぜひ手料理をご馳走になりたいものだ」  褒めるイサハヤに対してイオリは哀しそうに笑った。 「あいつは大抵のものなら作れるよ。そう俺が仕込んだから。あいつが独りでも生きていけるように。だがその結果、エナミは同年代の子供達の中で浮いた存在となってしまった」  いつからだろう。欲しい物をねだったり、我が(まま)を言うことをエナミがしなくなったのは。イオリの記憶の中のエナミは、とても聞き分けの良い大人びた少年だった。 「セイヤくんという友達を得られたことは幸運だったが、それでも俺の知る限り、あの子が大声で笑ったり本気で怒ったりすることは無かった。他の子供達から生意気だと何度も喧嘩を売られていたようだが、そんな時でも決して熱くならず淡々と相手をしていたな」  イオリは思う。エナミのあの態度は……諦めだったのではないかと。 「それが、ミズキくんと居るエナミは照れたり焦ったり、感情が大きく動いていた」  ミズキにつらいならもたれろと言われ、素直に身体を預けたエナミ。あんな風に甘える息子をイオリは見たことが無かった。 「それは俺も思ってた。出会った頃のエナミはつらいことが遭っても静かに泣く、そんなタイプだったな。甘え下手だった」 「…………そうだな」  マサオミに続いてイサハヤも同意した。イサハヤはもっと自分を頼ってほしいのに、エナミは遠慮ばかりしていた。 「俺がエナミの恋愛相談に乗った時……」 「は!? マサオミ、エナミがおまえに恋愛相談をしたのか!? 私ではなく!?」 「そこに引っ掛かるのかよ! 安心しろ、俺が無理に聞き出した感じだから」 「それならいい」 「ったく。ミズキが不意打ちでエナミにくちづけして来たから、どうしましょうって内容だったんだが……」 「え? あの綺麗な青年の方から行ったのか? 意外だ。彼の女性以上の色香に性欲を刺激されて、エナミが爆発したものだとばかり……」 「イオリ、エナミは純粋で清らかな子だ。そうはならない」 「あんたらちょっと黙ってて。エナミはさ、友達だと思っていた相手にくちづけされて混乱してた。でも他の奴にされたら間違い無く殴ってたのに、ミズキに対しては怒りが湧き上がって来なくて戸惑っていたんだ。自分は男のミズキに恋をしてるんじゃないかって、真っ赤になって脚をジタバタさせてたな」  あの時のエナミは可愛かったとマサオミは思った。でもそれを言うと、またイサハヤに絡まれることが判っていたので黙っていた。 「俺はエナミのこともっと冷静な奴だと思っていたから、あの態度には驚いたよ。でも本当はあれこそがエナミの素なのかもしれない。ずっと抑えていた感情が、ミズキという切っ掛けで解放されたのかもな」 「抑えていた感情か……。抑え付けていたのは間違い無く俺だな」 「イオリさん、俺はあんたを責める気は無いんだ」 「解っているよ上月(コウヅキ)殿。だがエナミが……今はミズキくんと幸せそうにしているが、息子の少年時代を暗いものにしてしまったのは俺の責任だ」 「それは仕方が無いことだったんだろう? あんた達親子は京坂(キョウサカ)の手下に命を狙われていた。生きる為の術を息子に叩き込むのは正しいことさ」 「マサオミの言う通りだイオリ。おまえが技を伝授したからこそ、エナミは戦場で生き残ったんだ」 「ああ、まさかの真木(マキ)さんを討ち取るという大金星を上げてな」 「はっ!?」  目を丸くしたイオリに、イサハヤは苦笑交じりに説明した。 「私は上で起きている戦争で、エナミに胸を射られて地獄に落ちたんだよ」 「エナミが!? ……おまえをか?」 「そーそー。しかもエナミはさっき言ってた通り徴兵。正規軍人じゃねーのよ。桜里(オウリ)兵団に入って数日の新兵が、州央(すおう)の勇将、真木(マキ)イサハヤを討ち取ったんだぜ?」 「噓だろ……?」 「紛れもない事実だ。おまえそっくりの射形にやられたよ。厚い鎧を身に着けていなかったら即死だったな」 「俺そっくりの射形……」 「ああ。おまえは五年前に死んだが、おまえの技はエナミの中に生きている。私はそれであの子を、おまえの息子のエナミだと断定できたんだ。私とエナミを引き合わせたのはイオリ、おまえがエナミに仕込んだ技だったんだ」
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