16人が本棚に入れています
本棚に追加
「キミの前ではみっともない姿も晒しているんじゃないか? 呆れてしまうこととかなかったか?」
「有る……かも」
マサオミは二人きりの時のイサハヤの態度を思い返していた。年若いミズキに本気で嫉妬したり、勝負事にはたとえ指相撲であろうと絶対に勝とうとする負けず嫌い。マサオミが想い描いていたイサハヤ像とはかけ離れていて、何度も呆然とさせられた。二人で子供みたいな喧嘩を繰り返した。
「でも何で……? 真木さんが何で俺なんかに……?」
「さっきから気になっていたんだが上月殿、キミは自分を過小評価していないか?」
「いやホントにそうだからさ。俺は何一つ真木さんに敵わないんだぜ? ガキの頃から、軍人を目指す俺の耳にはいつもあの人の噂が届いていた。演習で実際に会ったら理想の剣豪そのもので……。ずっと俺の目標で憧れの人だったんだ」
マサオミはハタと我に返った。
「……最後のは忘れてくれ」
イオリは笑った。
「確かに。俺もあいつに初めて会った時は、完璧な貴公子がそこに居ると思ったよ。でもな上月殿、俺はキミだってキラキラしていると思えるぞ?」
「俺が……キラキラぁ?」
「表現がおかしかったか。イサハヤもキミも、眩しい存在だってことだよ。太陽みたいに周りを照らしてくれる」
「お、おう……」
真っ直ぐな瞳でさらっと殺し文句を言って来るイオリに、マサオミは珍しく照れてしまった。ミユウがエナミを自覚の無い人たらしだと評していたが、父親からの遺伝だったようだ。
「イサハヤは実は暴走しやすい性格だ」
「知ってる」
「だから隣りに居て、あいつを見ていてやってほしい。俺はもう一緒に居られないから」
「イオリさん……」
「勝手な願いだが上月殿、キミにしか頼めないんだ。イサハヤと対等な関係を築けるのはキミくらいなものだろう」
トモハルを始めとする多くの兵士がイサハヤを慕っているが、心酔してしまっている彼らでは友にはなれない。
「イサハヤは良い人間だ。掛け値なしに優しい。そこは保証する」
「それも知ってるよ。充分な程に」
マサオミも笑った。
「言われなくても真木さんには付き纏うから安心してくれ。あの人の隣に並び立つことが、俺の生涯の目標だったりするからな。……今のも内緒だぜ?」
「上月殿……!」
イサハヤのことはイオリにとって胸の重石だった。巻き込みたくなかったから何も告げずに去った。しかし結局京坂はイサハヤにまで手を伸ばしてしまった。そして何よりも、親友に頼ってもらえなかったと、イサハヤに虚無感を抱かせてしまった。
目の前に居る活力みなぎる男。彼ならばきっと、自分以上にイサハヤと良い関係を築けるだろう。イオリの身体は明日滅ぶ。しかし彼は未来に光を見出していた。
「お、真木さん」
トモハル達の様子を見に行っていたイサハヤが戻って来た。
「みんな大丈夫そうだったか?」
「ああ。怪我の経過は良いようだ。……それはそうとして」
「どうした?」
「トモハルとアオイがピッタリくっ付いて寝ていた」
「うおっ!? ついに行ったか、アオイ!」
「トモハルの怪我が有るし、ラン達が近くに居るから添い寝だけだろうが。それにしても思い切ったものだ」
イサハヤとマサオミが盛り上がる横で、イオリが首を傾げた。
「アオイというのは槍使いの勇敢なお嬢さんだよな? 彼女と前髪さんは恋人同士ではなかったのか?」
「まだ恋人未満なんだよ。アオイの片想いっぽくてさ」
「トモハルも憎からず想っているようだが。あいつは慎重な男だからな」
「なるほど。もどかしい二人の仲が発展したのか。それは微笑ましいな」
「あの二人は現世に戻ったら確実にくっつくだろうな」
温かい眼差しのイサハヤにマサオミが突っ込んだ。
「何だよ真木さん、あの二人の恋は素直に応援するのか? ミズキとエナミには風紀がどうとか苦言を呈してたのにさ」
「二十代の男女の恋愛には口を挟めんだろう」
「へぇ、じゃあもしエナミが二十歳以上で女だったら、ミズキとの仲も許していたんだな?」
「無理。どこへも嫁に出さん」
考える間も無く、反射的にイサハヤは結論を導き出していた。
「おい! とんでもないことを即答してんじゃねぇ!!」
「女の子のエナミだぞ!? 今以上に可憐になるんだぞ!? ケダモノの男なんかにやれる訳がなかろう! エナミはお父さんとずっと一緒に暮らせばいい!!」
「それは駄目なお父さんだ! 娘の幸せを第一に考えられずにどうする! 一生交際も結婚もさせずに、家に閉じ込めておくつもりかよ!?」
「マサオミ、貴様は男児の父だから解らないのだ。か弱い娘を案じる父親の気持ちが!」
「いやまだあんたとエナミは養子縁組してねーし! そもそもエナミは女じゃねーし!」
「エナミが女だったらと例えて来たのは貴様だろーが!!」
「そうだけど、そうだけどさ! ああもう面倒くせーなこのオッサン!!」
相変わらずの二人の喧嘩が今夜も始まった。イオリはそれを苦笑しながら懐かしそうに眺めた。遠き日の、若い頃の自分と親友の姿に重ねて。
最初のコメントを投稿しよう!