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「草薙殿……、恥を承知でお願いがございます!」
戦いの最中だというのに、イサハヤ殿は刀をしまった。隣りのトモハルが心配そうに様子を窺っていたが、イサハヤ殿は迷いの無い目でヨウイチ氏に向き合った。
『申してみろ、真木ショウマの血を受け継ぐ者よ』
イサハヤ殿はハッとした表情をした。
「……祖父とは旧知の仲でいらっしゃいましたか」
ショウマという人はイサハヤ殿のお祖父さんか。真木一族は代々軍人を輩出してきた家系らしいから、イサハヤ殿のお祖父さんもかつては兵団に所属していたのだろう。
「戦えない民間人は見逃して頂きたいのです。どうか、彼らにお慈悲を」
まだ高台エリアに隠れているセイヤとラン。イサハヤ殿は彼らの命乞いをした。
ヨウイチ氏は仮面の奥でククッと笑った。
『ショウマの直系にしては甘い考えをする男だな。あ奴は孫である貴様に、敵は徹底的に叩き潰せと教えなかったのか?』
「相手が軍人であるならばその考えに私も倣いましょう。しかし力無き民間人は保護対象であります。どうか誉れ高き総大将の槍を、非戦闘員の血で染めないで下さい」
イサハヤ殿を知る仲間達からしたら、彼がこの行動を取ることは当然の流れだった。優しい彼はいつだって弱き者を救おうとする。
『断る』
ヨウイチ氏はにべも無く断言した。
『軍人であった頃は兵団の職務を、管理人である今は死神としての職務をまっとうするまでだ』
「草薙殿!」
『イサハヤよ、現世の時間で言うところの三十三年前、おまえの祖父もここへ落ちて来たのだぞ?』
「は……?」
『その時もワシはこの槍でショウマの胸を一突きにした』
「!?」
『相手が知り合いだろうが女子供だろうが関係無い。全ての魂を刈り取るのがワシに与えられた使命だ』
イサハヤ殿は奥歯を嚙み合わせた。
「真木さん、この人に説得は効かねーぜ。良くも悪くも職務に忠実な根っからの軍人だ」
「……そのようだな」
イサハヤ殿は再び抜刀した。
「ならば戦うまで。あなたを目の前に立ちはだかる障壁と捉え、全力で排除する!!」
『ククッ、この壁は簡単には取り除けんぞ?』
ヨウイチ氏は槍の先端でイサハヤ殿の前の地面を抉った。ミズキ達を襲った石つぶてが再び発生したが、イサハヤ殿は冷静に避け、後退ではなく前進した。
「ええいっ!」
そしてイサハヤ殿は両手で握った刀を振るった。水平斬りの構えから、斜め上方へ。脚を狙われていると思い込んでいたヨウイチ氏は虚を付かれた。
回避が間に合わなかった彼は咄嗟に槍を出して、この日初めて受け太刀をした。ヨウイチ氏の胸の前で双方の武器がぶつかり合い、衝撃波が周囲に発生した。
『やるな、イサハヤ。人間にしては重い一撃だった。……だがまだまだ遅い!』
ヨウイチ氏は槍で刀を押し出し、イサハヤ殿は後方へ弾き飛ばされた。転ぶまいとイサハヤ殿は下半身で踏ん張ったものの、片膝を付いてしまった。
そこへヨウイチ氏が追撃を加えようとしたが、俺とシキとで矢を飛ばして邪魔をした。更に横からアオイも槍を伸ばしたが、これは読まれていたようだ。ヨウイチ氏が槍を振った風圧でアオイも飛ばされた。彼女は片手を使った回転受け身でヨウイチ氏の遠くへ逃れた。
みんな仲間の動きを良く見ていた。そしてよく動いていた。しかしヨウイチ氏の方が一枚も二枚も上手だった。
仲間達は積極的に攻めて行ったが、その攻撃はことごとく防がれ、かわされた。仕掛けた者の多くは風圧で飛ばされるか石つぶての的になった。これらの反撃が地味に戦士達の体力を奪い、身体を傷付けた。鎧を装着しているイサハヤ殿以外の近接攻撃型の戦士達は、みんな身体のいずこかに血を滲ませていた。
(勝機を見出せない!)
このままの展開が続くのならこちらが不利となる。まるで動きに衰えを見せないヨウイチ氏に対して、仲間達には疲れが出始めていた。いつまでも機敏な動きで受け身を取り続けられないだろう。少しでも脚がもつれればあの恐ろしい槍に串刺しにされる。
『!?』
ヨウイチ氏の頭上から矢が降り注いで来た。彼は一本を槍で弾き、他の矢は馬の脚で走り避けた。
いつの間にか父さんが飛翔し、上空からヨウイチ氏を狙撃していた。父さんの矢は止まず、次々と矢の雨を降らせた。
『イオリめ……』
ヨウイチ氏は左腰に留めて(?)いた十字鎌に手を伸ばした。これがどう見ても馬の身体に貼り付いているようにしか見えない。地獄の王が造り出した神器をも、自身と一体化させたというのだろうか。
『ふんっ!』
ヨウイチ氏は左手で力強く、十字鎌を上空に居る父さんへ投げ付けた。父さんは鎌をかわしたが、鎌自体にも強い衝撃波が付随していたようだ。父さんの右翼の羽が十数枚落ちた。
ヨウイチ氏は回旋して戻って来た十字鎌を受け止めようとした。その僅かな隙を仲間達は見逃さなかった。
マサオミ様とトモハルが斬り込み、トモハルの斬撃は届かなかったが、マサオミ様の刀がヨウイチ氏の右臀部を、そしてシキが飛ばした矢がヨウイチ氏の左前脚を掠めた。
『ぬうっ!?』
付けた傷はほんの掠り傷程度だが、俺達は初めてヨウイチ氏から一本をもぎ取った。
『おのれ……』
ヨウイチ氏も同じ感想を抱いたようだ。十字鎌を受け止めた彼は隙を見せたことを悔しがっている様子だった。
まだこちらの方が不利な状況であることは変わらない。だがヨウイチ氏も無敵ではないのだ。彼の身体に刃を入れられたことで、俺達の中には微かな希望が生まれていた。
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