走れ!

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走れ!

 ドゴオォォン!   父さんの溜め矢がヨウイチ氏へ目掛けて放たれた。  近くに居る仲間達を巻き込まないように威力は抑え気味であったが、避けたヨウイチ氏の足元の地面が(めく)れ上がって、発生した石つぶてが今度はヨウイチを襲った。  そのつぶての合間を縫ってイサハヤ殿が突進し、ヨウイチ氏の右後ろ脚へ刀を入れた。少量で有るが、プシュッと血が噴き出した。  いいぞ、俺達が押している。俺は横目で南方向を見やった。  セイヤとランの姿が小さく瞳に映った。物陰から戦況を見定めていたセイヤが、今こそ好機だと判断して走り出したのだ。 (そうだ、行け!)  今ならヨウイチ氏を俺達で抑えていられる。この隙に走り抜けろ!  俺は走るセイヤとランへ心の中で声援を送った。しかし上空の父さんが下界へ叫んだ。 「駄目だ! 戻れ!!」  セイヤとランにはその言葉が届かなかったのか、彼らは走り続けた。  俺とシキが居る横を通過して、生者の塔へ一直線に向かっている。 「セイヤくん、駄目だ!」  どうして父さんは止めるのだろう? ヨウイチ氏は戦士達に完全に足止めされており、セイヤ達に構っている余裕が無い。千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスじゃないか。 「ご主人、北の空!!」  悲鳴に近いシキの指摘を受けて、俺は北の空へ視線を移した。そして父さんがセイヤを止めた理由を知った。 「マヒト……!」  何ということだろう、滝エリアに居たはずのマヒトがこちらへ飛んで近付いていた。  ああ、管理人の仮面同士は情報を共有するのだった。ヨウイチ氏はマホ様や父さんのように信号を送って救援要請を行っていないが、戦いを察知したマヒトの仮面が、自らの判断でヨウイチ氏の援護に駆け付けたのだ。   マヒトは生者の塔へ接近しているセイヤ達を、優先的に(ほふ)る相手だと見なして、彼らをターゲットに定めてしまった。 「セイヤぁっ!!」 「あそこまで走ったら、戻すよりもこのまま塔へ向かわせた方がいい!」  俺とシキはセイヤとランを助ける為に走った。途中でマヒトを近付けさせない為に矢を飛ばして牽制した。だがそのせいで走る速度が遅くなってしまった。 (くそっ……!)  ランの手を引きながら走るセイヤは、すぐにマヒトに距離を詰められた。やめろ、頼むからやめてくれマヒト。そこに居るのはおまえの友達のセイヤと、おまえが可愛がっていたランなんだ。  俺の願い虚しく、マヒトは左手に持っていた鎖鎌(くさりがま)を振り、うねる鎖の先の分銅を彼らに向けて放った。 (ああっ……)  絶望しかけた俺の瞳は、横から飛び込んで来た赤い影に釘付けとなった。  ミズキだった。  彼はマヒトが放った鎖鎌の分銅を、右手の刀で弾き防いだ。神器が放つ凄まじい風圧を受けて、走っていたセイヤとランはバランスを崩して転んだ。  しかしミズキは踏み(こら)えた。そればかりか、刀を鎖に絡めて鎖鎌の動きを封じた。 「おおおおお!!」  ミズキは力を込めて鎖を引っ張り、マヒトの左手から鎖鎌を奪い取った。 (やった!)  鎖が巻き付いた右手用の刀を投げ捨てて、ミズキは左手に残った刀を両手で握って構えた。マヒトも残り一本となった鎖鎌を回してミズキを威嚇した。二人の双刀使いは、奇しくも一本の武器のみで対峙することになった。 (純粋な強さで言えばミズキの方が上だ。しかしマヒトは管理人となって肉体能力を数倍引き上げられている)  人間は管理人相手に一対一では(かな)わない。それは過去の管理人戦で証明されていた。だから勝利するには俺とシキが援護するしかない。  マヒトはちらりとこちらを見たが、急滑空(きゅうかっくう)してミズキの元へ突っ込んだ。鎖を伸ばしたらまた奪われると判断したのだろう。  一度目の突撃をミズキは避けたが、鎌の刃スレスレのところだった。風圧だけでミズキの肩部分の軍服が裂けた。  マヒトは大地に降り立ち、立ち姿勢で鎌を短刀のように振り回してミズキに猛攻を仕掛けた。全ての攻撃をミズキはギリギリでかわした。かわす度に風圧で軍服と一緒に皮膚が裂かれた。  マヒトとミズキは密着した状態だった。もっと大きく横っ飛びでもしてくれないと、ミズキに当たりそうで矢を放てない。 (ミズキ……!)  彼が大きく避けられない理由は判っていた。マヒトの襲撃でショックを受けて立てないでいるランと、彼女を支えるセイヤが近くにいるからだ。ミズキが離れればこの二人がマヒトの餌食になってしまう。 「セイヤ、ラン、起き上がって走るんだ!」  俺は二人を促した。二人がここに留まる限りミズキは全力で戦えない。俺とシキの援護射撃もままならない。 「チッ!」  シキがセイヤから借り受けていた弓を地面に置き、自分の太刀を抜いてミズキの加勢に向かった。ミズキとシキ、二人の達人に挟まれたマヒトは堪らず空中へ飛んで逃げた。 (ここだ!)  ドスッ!  俺は速射でマヒトの左翼を矢で貫いた。 (マヒト、すまない)  かつての仲間に射掛ける胸糞の悪さを感じながらも、俺は連続で矢を放った。それらは全てマヒトの両翼に命中した。  飛べなくなった彼は羽をまき散らしながら落下した。墜落予測場所へシキが走った。しかしマヒトは、地面に激突する瞬間に気合で羽ばたいた。そして最後の飛翔突撃を試みたのだ。セイヤとランへ向けて。 「やめろぉっ!!」  間に合わなかった俺の矢の代わりに、ミズキが回り込んでセイヤとランの前に立った。彼らを庇う為に。 (ミズ……)  ザシュッ。  ズンッ。  セイヤを狙ったマヒトの鎌の刃は、ミズキの左肩深くへ沈んだ。  ミズキが両手で握っていた太刀は、マヒトの身体を突き刺して腹から背中までを貫通した。 「ミズキ!!!!」  叫んだのはセイヤだった。俺は声が出せなかった。 「ミズキ、ミズキぃ!!」  半狂乱になって(わめ)くセイヤへ、背中を向けているミズキはただ一言告げた。 「……走れ!」  その言葉を聞いた瞬間セイヤは、おそらく完全に腰を抜かしているであろうランを抱き上げた。 (何が遭っても塔まで走れ) 「うおぉぉぉぉ!!」  セイヤはランを抱えて走った。ミズキに言われた通りに。ミズキと約束した通りに。生者の塔へ向かってただひたすらに。
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