生きるということ

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生きるということ

 相打ちとなったミズキとマヒトは、数秒間その姿勢のまま動かなかった。  太刀で貫かれたマヒトが一度ぶるっと身体を震わせて、抱き付くようにミズキへ倒れ込んだ。受け止めたミズキは咳き込み、吐血した。 「……現世で斬り合い、地獄でも殺し合う。マヒト、俺達はこうなる運命だったのかもしれないな……」 「ミズキ!!」  自嘲するミズキに俺は(ようや)く声を飛ばした。  ミズキはゆっくり俺の方に向き直り、笑った。 c09b1e61-5c0c-403d-aec4-0161c6b1c099 (何で? ……何で笑う?)  彼は笑顔のまま、マヒトと共にその場へ崩れ落ちた。 「ミズキぃっ!!」  俺とシキは二人の元へ駆け寄った。シキがマヒトをミズキから引き剥がして、彼の仮面を太刀で割った。仮面の中で吐血していたようで、マヒトの口元も血に(まみ)れていた。俺はミズキの上半身を抱き起こした。  ミズキは尚も笑顔を俺に向けている。しかし彼の身体中に大量の汗が噴き出した。 (肩に刺さった鎌を抜かないと……でも……)  鎌の刃はミズキの首近く、肩の付け根にガッチリと食い込んでいた。下手に抜けば重要な血管を傷付けて大量出血を引き起こしてしまう。 「ミユウ! ミユウ、頼む手を貸してくれ!!」  何処かで俺達を見ているはずのミユウへ助けを求めた。医療行為が得意なミユウなら何とかしてくれる。彼に積極的な手助けを頼むことは禁じ手なのだが、呼吸が苦しそうなミズキを前にした俺に余裕は無かった。 「……ミズ……キ。エナミ……?」  か細い声でマヒトが俺達の名を呼んだ。仮面の支配から抜けたのだ。 「悪いな……マヒト。二度もおまえを殺すことになってしまった……」 「へへ……、気にすんな。ホラ……馬鹿は死ななきゃ治らないって言うじゃん? 俺は大馬鹿だからさ……、二回死ぬくらいが……ちょうどいいいんだよ」  死闘を終えたばかりのミズキとマヒトの間にはまるで遺恨(いこん)が無く、世間話をするかのように笑い合っていた。 (どうして……どうして二人とも笑っているんだよ!?)  その時、ヴオォォンと、大地を震えさせる低い音が鳴り響いた。  音の発生源はすぐに判った。俺達から六十メートルほど先に建っている、地獄での最終目的地である生者の塔が光り輝いていた。 「塔が……」  離れた場所でヨウイチ氏と戦っている仲間達も、塔の輝きには気づいたはずだ。それは全員が待ち望んでいた光景だった。塔の上方から、青白く美しい丸い発光体が空へ発射されたのだ。  発光体は二つ。きっとあれは……。 「ミズキ、マヒト見ろ!! セイヤとランが現世へ還る!」  興奮した俺に(うなが)されて、ミズキも上空へ顔を向けた。見えにくそうだったが、彼は必死に目を凝らしてそれを確認した。キラキラと星のように(またた)いて、二つの発光体は高度を上げて雲の中へ消えて行った。 「ああ……良かった。行ってくれたか……!」  ミズキの瞳に涙が溜まった。 「俺は……やり遂げた。役目を果たせたんだ……!」  その言葉に俺は不安になった。別れの言葉のように聞こえたからだ。 「ミズキ……、気をしっかり持て。休めばきっと回復するから……」  俺は自分の願望を口に出した。休息を取りさえすればミズキは回復するに決まっている。鎌の刃が心臓にまで達しているなんて、そんなことは絶対に無い! 「エナミ……落ち着いて聞いてくれ」  ミズキは脂汗を滲ませた手で自分の懐を探り、短刀を取り出した。 「……これを使って首を斬り、俺にとどめを刺すんだ……!」 「!?」  差し出された短刀には見覚えが有った。父さんと戦った時、ミズキはこの短刀を投擲(とうてき)してダメージを与えることに成功していた。でも、それは短刀の本来の使い方ではない。  瀕死の味方を楽に死なせる為の、介錯(かいしゃく)用に兵団から支給された短刀だと聞いた。 「嫌、嫌だ!!」  当然俺は拒絶した。恋人を殺せる訳が無い。 「諦めるなミズキ、何としてでも助けてやるから!」 「聞くんだエナミ……。マヒトの身体はもう()たない」  ドキリとしてマヒトを見た。マヒトはミズキ以上に汗だくになって、弱々しい呼吸を繰り返しながら、彼を抱き上げたシキにもたれ掛かっていた。 「マヒトは数分以内に確実に死ぬ。管理人であるあいつの身体が消滅すればどうなるか……、解っているな?」  三人体制の管理人職に空きが出てしまう。その後に死んだ者達の中から、相応しいと思われる魂が次の管理人に選出されて補充される。  戦士として優れ真っ直ぐな心を持つミズキは、管理人となる資質を充分に備えていた。 「俺は管理人になりたくない……。だから、マヒトよりも先に死ななければならないんだ。頼む……」 「断る! あんたが死ななきゃいい話だろ!? 生者の塔はすぐ近くだ、俺が連れて行ってやるよ。死ぬ前に現世へ戻ればいい!!」 「駄目だ。ミズキの想いを汲んでやれ。ここで終わりにするんだ」  第三の声が俺を止めた。いつの間にか傍に立っていたミユウだった。厳しい表情を浮かべながら、ミユウは残酷な事実を淡々と述べた。 「ミズキの傷は致死レベルだ。魂の回復が追い付かずに必ず死ぬ。そんな状態で現世へ戻してみろ、魂が死んで身体だけが生き続ける、植物人間になってしまうんだぞ?」 「だけど……だけど……」 「ご主人!」  今度はシキが俺を(いさ)めた。 「こいつら笑ってるけど、今も相当な苦痛を味わっているはずだ! もう楽にしてやれ!!」  そんな。そんなことできない。だって彼は愛する人なんだぞ? 腕の中でしっかりと温もりを感じるのに。死んだら居なくなっちゃうじゃないか。俺にもう笑ってくれなくなっちゃうじゃないか。 「すまない……おまえにつらい役目を押し付けて……。だが……俺の身体はもう思うように動かないんだ……。自分で上手くやれる自信が無い……」  恐怖で震える俺に、ミズキは慈愛に満ちた眼差しを向けた。俺を安心させるように。  解っているんだ、本当は俺だって。どうしてミズキとマヒトが笑っているのか。彼らは自分達が苦悶の末に死んだら、俺の心に傷を残すと思っているのだ。  俺は仇である隠密隊と関わって、過去に一度心が壊れかけた。またそうならないよう、笑顔のまま俺の前から旅立とうとしているのだ。  それは二人の優しさだった。でも酷いよ、俺にとっては何よりも残酷なことなんだ。  だってそうだろう? おまえ達は俺を置いて逝こうとしている。  俺を愛していると、初めての友達だと言ってくれたのに。
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